- 402 名前:ふれあい (1) 投稿日:03/05/02 00:09 ID:???
- 頬杖をついて、窓の外ばかり見ていた。
空の涯まで続く青さと、白い雲の織り成す雄大な陰影を眺めてさえいれば、
私は独りでも、いつまでだって時を過ごすことができた。
けれど最近、それもあまりゆっくりとは見られなくなってしまったのは、
この春に現れた、あの人のせいなのだ――。
「榊さぁ、この中だったらどれ選ぶ?」
机の上からお弁当箱を片付けたかと思えば、神楽は次に、雑誌を私の前にバサリと広げる。
載っているのは、何種類かのマウンテンバイク。
同じクラスになって以来、毎日しじゅう話しかけてくるこの人の、いま一番の話題がそれだった。
でも正直言えば、この人がどの車種を選ぼうが、私には大して関心もない事だ。
相手しているのは、特に拒絶する理由もないからというだけ。
神楽にしてみれば、私もまたこういうスポーティなものに興味を持っているだろうという
考えらしいが、私は自分の運動神経を「自分らしさ」と思った事は全くないし、
だからライバル的な友人関係を求められてきたところでお門違いでしかない。
雑談にせよ、たびたび申し込んでくるスポーツでの勝負事にせよ、
私はこの人との付き合いに本気で乗っているわけでは全くなかった。
ふと、神楽が雑誌のページをぱらぱらと繰った。「そうそう、後の方にもいいのがあったんだ……」
その中に一瞬、ぬいぐるみ特集の紙面が現われ、消えた。
それこそ、本当に私の興味を引く記事。後で書店に寄ってチェックしようと、内心で決めた。
わざわざそんな手間をかけるなんて、回りくどい事だとは自分でも思う。
普通ならばここで、それが見たいとはっきり言うものだろう。
そうして相手に私の関心事を知らせ、もっと楽しい話題に誘導し、親睦を深めていくのだろう。
けれど、そんなふうに自分の心の内を他人に晒すという事に、私は何か拒絶感を抱くのだった。
私に中学まで友達ができなかった事も、高校でやっとできた友達との間にさえ
どこか距離がある事も、そういう性格のためだとは判っている。
でも、そこまでして他人との距離を縮めたいという欲求もないのだから、いいではないか?
特に、いま目の前にいるこの人のようなタイプは、一度心を見せてしまうと、
そこから無遠慮にずかずか入ってきそうで、そういうのは、ちょっと怖いから――。
- 403 名前:ふれあい (2) 投稿日:03/05/02 00:10 ID:???
- 神楽が、じっと紙面を見つめて唸りだした。しばらく考え込む雰囲気だ。
手持ち無沙汰になった私は、また窓の外に目を向けた。
遥か高くにたゆたっている雲は、午後ののびやかな光を清々しく照り返している。
「おいおい、よそ見するなよ」神楽が、やや憮然とした声で私を呼び、そして言った。
「……そんなに、外見てるのって面白いのか?」
意外な事があった。その時、私は心底から肯定することができなかったのだ。
私は、小さな混乱に陥った。自問自答。なぜ、空を見ているのか?
好きだから。孤独であっても、空さえあれば寂しくなくてすむほどに。そう、それは確かだ。
けれど私は、空を見るためにこそ孤独をあえて選び取っているのだ、とまで言えるだろうか?
いや。それはきっと――違う。私には、空を見ているしかなかったから――。
「うーん、何か変な看板でも見えるとか?」神楽の声が耳に飛び込んだ。
まじまじと窓の外を見ながら、面白いものを探そうと頑張っている様子。
「あっ、角度がまずいのかな。そっちからだと何か見えるのかも」
ナンセンスな事を口走ると、机越しにこちらへ身体を傾けてきた。
外を見ようとする神楽の頭が、私の頭のすぐそばへ、ぐいと迫る。
その巨大な質量に、驚きが湧き上がる。
近すぎる。そんなに無遠慮に、私の身体へ踏み込んでくるな。
私は、身をのけぞらせて距離を取った。だが、神楽はそんな事も気に留めさえしない。
そういうタイプの人間なのだ。私とは、感覚があまりにも違いすぎる。
「やっぱし、なんにも見えねえなあ。榊ぃ、何が面白いんだ?」
ショートヘアが男子のようにばさばさと跳ねている後頭部を見ながら、私は思った。
少なくとも、この人とだけは相容れそうにもないと。まさしく、水と油のように。
- 404 名前:ふれあい (3) 投稿日:03/05/02 00:11 ID:???
- 初夏のある日の事だった。
四時間目の体育が終わった後、私は神楽に付き合わされて、
二人で体育館の用具室へバレーボールを返しに行くことになった。
「おまえのチームとやりたかったなあ。頭ひとつ身長差あっても、ネット際じゃ張り合ってみせるぜ!」
そんな事を言う神楽に、私はただ適当に相槌を打った。
汗を誘う暖かさをたたえ始めたかすかな風が、新緑を揺らしている。
昼休みに入ったばかりでまだ静かなグラウンドの隅を、私達は歩いていた。
ふと、ボールを二つ持っていた神楽が、その一つを放り上げたかと思うと、
歩きながらのリフティングを始めた。
脚を、頭を、巧みに操って、なかなかの速さで私の足取りについてくる。
この人にとって、こうして身体を動かすのは楽しくて仕方がない事なのだろう。
四肢の刻む動作は、活き活きとして喜びに溢れている。
とはいうものの、男の子のようなそのはしゃぎぶりは、幼稚といえば幼稚――。
そんな事を考えながら見ていた時、
「ほらっ、榊!」不意に神楽が、私にボールを蹴ってよこした。
私は一応トラップしてみせるものの、すぐ真上に跳ね上げて、空いた腕に抱え込んでしまった。
「バレーボールを蹴っちゃダメだ」
神楽は、少し気勢をそがれたようだった。「あ、そうだな……」
しかしそれでもまだ、どこか得意げな表情を崩してはいない。
そして再び普通に歩き始めながら、神楽は思い出したように言った。
「ああ、そういや、うちのお袋が旅行でさ。しばらく学食なんで、弁当に付き合えないんだ」
「そうか」と、私は応えただけだった。
沈黙が訪れた。さすがにこの人でも、壁を感じたのだと判った。
これで離れるだろうな、と私は思った。過去にも何回かはあった事のように。
だが、それは清々するような気持ちとは程遠いものだった。
(また、こうだ)そう再確認するだけの感覚。どこかいじけたような、嫌な味。
空を見る日々に戻るのが、そんなに待ち遠しいのかといえば――。
- 405 名前:ふれあい (4) 投稿日:03/05/02 00:12 ID:???
- 体育館に着いていた。開け放たれた入り口から上がると、
静けさの中、少しだけひんやりした空気と独特の香りが私を包む。
試合に使われたのか、バスケのゴールがコートの両端に佇んでいた。
「……バスケって、授業じゃ秋までやらないらしいな。私、結構好きなんだけど」
神楽がようやく、喋る事を見つけたようだ。
だが、一緒にコートを横切って用具室へ向かう間、私は黙ったままだった。
様々な種類のボールが乱雑に詰まっているカゴにバレーボールを放り込み、私は帰ろうとした。
が、神楽はカゴからバスケットボールを一つ拾い出すと、指の上でくるくる回しながら、
何か物欲しそうな顔をしている。
「……勝負、か?」またかと思いながら、私は訊いた。
「ちょっとだけさ。ゴメンな」神楽はばつの悪そうな顔をするが、
ニコニコとにじみ出る嬉しさは隠せないようだ。
この人の諦めなさは大したものだなと呆れながらも、私は少し、憎みきれない気がしてきた。
コートの中に躍り出ると、神楽はボールを突き始めた。
「よし榊、取ってみろ!」
だが挑戦的な微笑みとは裏腹に、私から見れば隙だらけの突き方だ。
神楽の手からボールが離れる瞬間、一歩踏み込んで手を伸ばすと、
ボールは易々と私の掌に納まった。
あっけない終わりだ。
そう思いながら適当に突いた次の瞬間、ボールは神楽に奪い返された。
「へへ……さすがだな。面白えや」
言いながら、神楽は突く体勢を低くし、空いた左腕でしっかりとガードを固める。
(私を試した、だと?)内心、私はかすかに動揺していた。
「でもな、榊」神楽は私を挑発的な眼で見つめた。「抜いてやるよ」
心の中に、珍しい感情が芽生えた。(いいだろう。乗ってやろうじゃないか)
両腕を広げる。神楽の動きを封じるように。君の小さな身体がどう動こうとも、捉えてみせる。
神楽の表情が引き締まった。私の隙を慎重にうかがい始める。
そうだ、それでいい――。
- 406 名前:ふれあい (5) 投稿日:03/05/02 00:15 ID:???
- 私の身体感覚は、コート内での自分の位置を正確に理解してしまえる。
神楽とゴールとを結ぶ仮想線を踏みしめ、神楽が右に動けば右へ、左に動けば左へ、
過つことなく進路を塞ぐ。
やがて、神楽の息遣いが少し乱れてくるのを感じ取り、私は満足する。
(私は手強いだろう? 聞こえてるよ――)
不意に神楽が、私の左側へ大きく動いた。抜きに来たか!?
反応して手を伸ばした瞬間、神楽は逆へ足をさばいた。
フェイントか。だが、それも予測のうちだ。
ドリブルしている右手サイドをこちらに晒すというなら、十分に奪い取れる。
私は即座に重心を反転させて対応に出る。が――
(速い!?)神楽は予想をはるかに越える瞬発力で、
既に私の脇をすり抜け、背中側へ抜けようとしていた。
だが、そうはさせない!
ギリギリまで伸ばした指先が、すんでのところでボールを捉えた。
素早く手首を巻き込み、辛うじて自分の側に掻き出す。
そして私はドリブルで一気に突っ走り、神楽を遠く引き離した。
私の勝ちだ。速度を緩め、止まり、振り返って神楽の顔を見る。
だが、その表情はむしろ高揚していて、充実感に輝いていた。
「すげえな」髪をかき上げながら、神楽はどこか昂ぶった声で言う。
「乗り気じゃないのかと思ってたけど、おまえも結構……」
私はどきりとして、ボールを突くのをやめた。
思わずここまで駆け抜けてしまうほど、興奮に突き動かされてしまった自分を認識したから。
そして気づけば、私の呼吸もまた少し乱れている。こんな短時間で? 初めての事だ――。
ふと心の中に、神楽に対する恥じらいのようなものが生まれた。
私が、こんなに乱されてしまうなんて。そして、こんな息遣いを聞かれてしまったなんて。
「……最初から、ちゃんとやろうか?」神楽が私を誘っている。
終わったのだ、もうやめていい。いつもの私ならそうするだろう。
けれど今は、こんなにさせられてしまった自分が何か許せず、
それは勝つ事でしか埋め合わせられないような気がした。
「……いいよ」だから、そう答えながら私は戻っていく。
――でも本当は、それだけじゃないと判っていた。
そう。私は――もっと楽しみたがっていた。
- 407 名前:ふれあい (6) 投稿日:03/05/02 00:16 ID:???
- 神楽が、戯れた様子で手を挙げた。「ヘイ、ヘイ!」
私は乗って、ボールをオーバースローで強目に投げ渡す。
一瞬、当然のようにそんな振舞いをした自分に戸惑った。
「……嬉しいな」しっかりと受け止めて、神楽は言った。
「本気で相手してくれるの、ずっと待ってたんだぜ……」
ならばこの人は、思っていたより私の心を見透かしていたのか。
そして思っていたより真剣に、私との関係を望んでいたのか。
それは、何か私の胸を打つ事だった。
私と神楽は、センターサークルの中に歩み寄り、向き合った。
シュートを決めるまでの勝負だと語り、神楽は真摯な眼で私をまっすぐに見上げる。
「始めよう」
ボールが高く舞った。
二人は跳ぶ。身長の利はもちろん私にある。だが神楽もワンハンドで果敢に対抗してきた。
私が取れたのは、競り勝ってやっとのことだ。
着地と同時に、素早く伸びてくる神楽の手。私はターンして背を向ける。
が、すぐにもう一方の手が私の脇を突き抜けてきた。
背後から私に絡みつこうとするように。私が隠すものを激しく暴き立てようとするように。
背中越しに、神楽の身体の存在を熱く感じる。聞こえる息遣いは既に荒い。私も、だろうか?
でも、駄目。簡単に奪わせはしない。私は大きく肘を張って距離をとる。
そう、この身体へ踏み込ませるものか。
このまま一気に逃れてみせる。そう決めてドリブルの体勢に入った刹那――
神楽の手がするりと滑り込み、私は奪われた。
「あッ……!?」経験した事もない技巧に、思いもよらぬ声が漏れる。
我に返った一瞬、神楽はもう先へ駆け抜けている。
私はすぐに追った。まだだ。そんなに早く、行かせはしない。
近づき、追いつき、今度は私が求めて手を伸ばす。神楽、君を捕らえてみせる!
だが今は、小柄な身体に利があった。私の腕の下を素早く抜けて、神楽は走り、跳ねた。
しかし、やはり余裕がなかったのだろう。そのシュートは切れ味悪く、空に描いた弧は鈍く、重い。
- 408 名前:ふれあい (7) 投稿日:03/05/02 00:16 ID:???
- 私達はゴールの下に走り込む。神楽が先にポジションを取り、私はその背中に張り付いた。
今や私が、こんなにも身体を他人に密着させている。隔てるものは、肌一枚だけと思えるほどに。
すぐ下にある神楽の髪から、シャンプーと汗の匂いが交じり合って香った。
私は一歩位置をずらすと、脇から強引に、神楽の脚の間へ自分の脚を割り込ませる。
そこから神楽の前に出て腰を下げた時、かすかに触れ合った太腿は、滲む汗に濡れていた。
神楽は小さく喘ぎを漏らし、私の後ろから這い出そうとあがく。荒々しい息を腕に感じる。
だが、私は身体全体をしっかりと重ねて押さえつける。あるいは、私の長い髪は神楽に絡んでいるのかも。
ゴールの縁を、ボールがゆっくりと這っていた。長く長く、じらすように。
まだ、だめ。入らないで。ここで終わってはいや。私はまだ、満足していないのだから……。
やがて、ボールは動きをやめ――ぽろりと、外へ落ちた。
私は、大きく躍り上がって受け止める。
もう、阻ませはしない。一気に神楽を引き離し、スピードドリブルで疾走する。
たちまちセンターラインを突破。だが、神楽も全力で追いついてきた。対峙する二人。
この人の身体は――私は思った。何てタフで、しなやかで、そしていじらしく頑張るのだろう。
どう攻めれば屈させられる?その場でドリブルを続けながら、私は夢中で探ろうとする。
休みないピストン運動の、突き方を微妙に変えて。右へ、左へ。弱く、そして激しく。
そのたびに、神楽の身体は最高の反応を見せる。私にぴったりと吸い付いてくるかのように。
何て素晴らしい身体。これまで相手にした誰も、感じさせてくれなかった世界。
今更ながらに知った。私を満足させてくれるこの稀有な肉体を、
神楽が自ら与えようとしてくれること――それは、まさに歓びではないか!?
- 409 名前:ふれあい (8) 投稿日:03/05/02 00:17 ID:???
- やがて没入していく忘我の中で、官能だけがどんどん研ぎ澄まされていく。
突いては返す律動の感触。二人の下からは、絶え間なく響く軋みの音。
激しい息遣いは絡み合って、いっそう激しく耳を侵し合う。乱れた髪から、汗が輝いて飛んだ。
一瞬、神楽の顔を見つめ、私ははっとする。この人、こんなに美しい表情をするんだ――
その時、瞳と瞳が合った。
――――隙…!!
私は勢いよく足を踏み出し、跳ね返ってきたボールを吸い付けながら、右手を大きく横へ伸ばした。
慌てて反応した神楽が、そちら側へ飛びつくように体勢を崩す。
かかった! 私は手首を返し、ボールを背後に叩きつけた。
後ろを長く通して左手で取ると、がら空きになった神楽の脇を一気に走り抜ける。
(行ける……)確信が昂然と湧き上がった。突き動かされるようにゴールへ進む。
神楽が、まだ来る。もはや、ただあられもなく私の身体へすがりつこうとしてくる。
腕で、脚で、肢体の全てで。絡みつこうと。しがみつこうと。
私は待たない。でも一緒に来たければ…いいよ。さあ、飛ぶから――。
そして私は高みへ飛翔し、のぼりつめた最頂点で、それの中心を深々と貫いた。
「あぁッ……!」
下で神楽が絞り出す喘ぎを聞きながら、私は恍惚に達した。
- 410 名前:ふれあい (9) 投稿日:03/05/02 00:18 ID:???
- 「……すごかったな、おまえ……」
体育館の壁際で、私同様まだ整わない息をつきながら、神楽がつぶやいた。
「何か…負けちまっても、すげえ気持ちいいや」
そして、陶酔の余韻を残す笑顔で私を見つめ、訊いてきた。「おまえは、どうだよ?」
「え…」私は息を呑み込んで少し戸惑い、しかし、こくりと小さく頷いてしまった。
「うん……気持ち、いい……」
ああ、こんなことを言わされてしまって。心の内を表に出すなんて、恥ずかしい事だと思っていたのに。
けれど――こうして自分を露わにしてしまった事自体も、今は何だかとても気持ちいい。
変だな。勝ったのは私だけど、結局この人にまんまと篭絡されてしまったのかもしれない。
が、そんなふうに自省してはみたものの、
「やっぱ、おまえでなきゃダメだ……」
歩き出す神楽にさらりとそう言われた時、歓びを感じてしまったのはなぜだろうか。
二人で一緒に体育館を出た瞬間、広大な青空が私達を迎えた。
不思議だ。独りで見ていたいつもより、それははるかに眩しく、美しかった――。
「……暑くなっちまったよ」
横からの声にふと見下ろした時、襟を引っ張って空けている神楽の胸元が覗き込めてしまい、
私は慌てて目をそらした。
汗ばんでいる、少年のように色の濃い喉元は、豊満なふくらみへと続いていて。
それは、何だかアンバランスな姿で――
「どうした、榊? さあ、帰ろうぜ」
――でも、だからこそだろうか。何だかひどく、私の脳裏に焼き付いてしまった。
- 411 名前:ふれあい (10) 投稿日:03/05/02 00:20 ID:???
- 窓の外を見ていた。
今日は朝から、雲ひとつ浮かんでいない。こんな快晴だと、かえって空はつまらないものだ。
「よお。今日からまたよろしくな……ん?」
私のお弁当の包みを見てのことだろう。大好きな、かわいい猫のキャラクタープリント。
ちょっと恥ずかしいけれど、君には思いきって見せてみたくて。
向かいの席を引きずり出す、大きな音も久しぶりだ。どかりと座り、神楽は笑う。
「へへ。一人で食ってて、寂しくなかったか?」
「……寂しかった」包みを解きながら、私は気持ちを正直に告げた。
えっ、と漏らした神楽は、虚をつかれてうろたえたらしい。そして、何とか処理を図ろうとする。
「そ、そうだ。戻ってきた記念にまた一発、早食い競争やるか! いくぜ、よーいどん!」
どうしてこんなに、やり方が不器用なのだろう。
ばくばくと御飯をかき込むその姿を、私は呆れて眺めるばかりだ。
……でも、面白いな、とも思う。これからは、空よりもこの人を見ていようか。
私が相変わらず乗らないのを知って、神楽は箸を止めた。
「何だよ……。これじゃ私がバカみたいじゃないか…」口元に御飯粒をつけてしょげ返る。
その表情が、何だかとてもいとおしく感じられた。
私は手を伸ばすと、神楽の唇にそっと指先で触れ、御飯粒を取ってあげた。
神楽は口を押さえ、眼を丸くして私を見つめる。
ここまで踏み込まれたら、君でもやっぱり驚くかな。
「この勝負はやらない。そのかわり――」
戻した腕で頬杖をつき、私は神楽を見つめ返して微笑んだ。
「――また、あれをしようか」
きっと、今度はもっと素敵だから。
(了)