- 496 名前:君がいた夏 Chapter1 水原暦 投稿日:03/05/31
15:02 ID:???
- 「ちよちゃん、おはよう」
今日、私たちはちよちゃんの家に来た。
高校を卒業してから4ヶ月。私を含めてみんな大学は夏休みに入った。バイト以外やることもなく
だらだらと過ごしていたある日、ちよちゃんから電話が来た。今年も別荘に行かないかと。
アメリカでは9月から学校が始まるので、ちよちゃんにとってはこれが日本での最後の思い出になる。
ちよちゃんがそれを一緒に過ごす相手として私たちを選んでくれたのは、とても嬉しかった。
「おはようございます、ともちゃん、よみさん、大阪さん」
ちよちゃんが相変わらずの笑顔で私たちを迎えてくれた。ちよちゃんに会うのはあのマジカルランド以来だ。
「ちよちゃん、嬉しそうだな」
「はい。わたし、みんなと会えるのを首を長くして待っていたんですよ」
「じゃあちよちゃんキリンやなー」
「……はー」
大阪の相変わらずのボケに戸惑うちよちゃん。
「……みんな、久しぶり」
「元気だったか?」
榊と神楽だ。榊は忠吉さんの近くに座っていた。
ともや大阪とはよく会ってるけど、この2人とはあれ以来だな。
「よー神楽、あいかわらず胸でけーな」
「ばか、なに言ってんだよ!」
「久しぶりにあった友達にいきなり言うことがそれか?」
これまた相変わらずのともに顔を赤らめて怒鳴る神楽。そして思わずつっこむ私。
たった4ヶ月前まで当たり前に繰り返されてきた光景だが、なんだかとても懐かしく感じられた。
- 497 名前:君がいた夏 Chapter1 水原暦 投稿日:03/05/31 15:03
ID:???
- 「みんなお待たせー」
ゆかり先生と黒沢先生が来た。あのときは気が向いたらなんて言ってたけど、やっぱり来てくれたんだ。
卒業式の日、ゆかり先生が私たちに背中を向けながら言ったセリフを私は今でも覚えている。
「ほんじゃまったねー」と言ってくれたんだ。また会うつもりなんだって。
「あと来てないのは……かおりんか?」
「あ、かおりんさんは予備校の勉強合宿で来れないそうです」
うーん、あいかわらず不幸なやつだな。
「それじゃ、全員そろったってことで出発ね。私の車とにゃもの車に乗る人に別れてー」
「え?今年はレンタカーじゃないのか?」
「……かおりんさんも来ると思ってて用意しなかったんです」
「じゃあ、ジャンケンか。まあ、ちよちゃんは除くとして」
言って私はちよちゃんを見る。だが、次の瞬間、
「私もジャンケンします!」
とちよちゃんは力強く宣言した。きっとこれから親元を離れるにあたっての自立心の現われなんだろう。
「ちよちゃん、無理しなくていいんだよ。まだ子供なんだから」
「いいえ、今回は私もやります!」
ともの言葉にちよちゃんはますます意気込む。
おまえ、ちよちゃんのそういう性格わかってて言ってるだろ。
「じゃあいきますよ。ジャーンケーン」
6人の命を賭けたジャンケンが始まった。
- 498 名前:君がいた夏 Chapter1 水原暦 投稿日:03/05/31 15:04
ID:???
- 「……ちよちゃん、大丈夫か?」
車の中で白くなって固まったままのちよちゃんに声をかけるが返事がない。
とりあえずちよちゃんを支えて車から出す。
しかしただ見ているのと実際に乗るのがこれほどの違いとは……恐るべしゆかり車。
ちよちゃん、アメリカに行く前にとんだ試練だったな。
そういえばともが免許をとったらどうなるんだろう?まさかこんな風に……
私は恐ろしい思考を中断させ、私自身ふらつきながらもちよちゃんを別荘の中に連れて行った。
「……よみさん、ありがとうございます」
「いいから休んでなって」
まだ震える声で言うちよちゃんに私は返事をし、私も床に大の字になった。
ともは早くも着替えを終えている。いや、始めから着ていたのかもしれない。
窓からは海が見える。太陽の光が海に反射し、その光のゆらめきはまるで私たちを手招きしているように見えた。
それを見ているとなんだか元気がわいてくる。
こんなうきうきした気分は久しぶりだ。この別荘にいる間は遊びまくろう。
……ちよちゃんが無事回復したら。
私はしばらくの間休憩しながらちよちゃんの介抱を続けた。
- 499 名前:君がいた夏 Chapter2 神楽 投稿日:03/05/31 15:06
ID:???
- 「海だースイカ割ろうぜー」
「いきなりそれかよ」
騒ぐともとつっこむよみ。まったく、ちっとも変わってないな。
「神楽ー今度こそ私がやるからなー」
「わかったよ」
ともは適当なところにスイカを置き、バットを持って目隠しをしてぐるぐる回りはじめた。
……ってそんなに回る必要ないだろ!
とにかくともは適当に歩き回ってからバットを振りかぶった。その狙いの先には日陰で寝そべっているちよちゃん!
「わー! バカ! 危ねーよ!」
間一髪、ともを阻止することができた。
「おまえ危なすぎ! もうスイカ割りやめろ!」
「えー そんなー」
ともから目隠しとバットを取り上げた。
「大阪、おまえやってみるか?」
「うん、ほんならやってみるわ。なあともちゃん、右に回って目がまわったんなら左に回れば打ち消せるんとちゃうか」
「おお、そうかもしれん!」
「そういう問題じゃないだろ! やっぱ大阪もダメ!」
結局スイカは私が割った。ともがうるさかったけど。
- 500 名前:君がいた夏 Chapter2 神楽 投稿日:03/05/31 15:07
ID:???
- それぞれが海で遊び始めた。水をかけあってはしゃいだり、適当に泳いだり、
砂で何かを作ったり、意味のないラクガキを繰り返したり。
ともがビーチボールを持ってきた。
「ちよちゃん、ビーチバレーやろうぜー」
「はい、受けてたちましょう」
「おーい、私もまぜてくれー」
「わかった。それじゃ私と神楽が同じチームな」
「ええ!?」
「おいおい、それじゃちよちゃんかわいそうだろ。おまえとちよちゃんがペアでいいよ」
「いいだろう、相手にとって不足はない!」
「おまえ、よくそんなこと言えるな」
というわけで私対ともちよペアということになった。2対1だけど、勝負は始終私のペースだった。
「これで勝ったと思うなよ! ここからともちゃんが本気を出してやるからなー。胸でかいからっていい気になるなよ」
「胸は関係ないだろ!」
まったく、変なこと言い出すなよ。
普通にサーブをしたつもりだったが、力が入りすぎたようだ。ちよちゃんはそれをレシーブするが、
それだけで精一杯だったのか、ボールはゆるい弧を描いて私側のコートへ飛んでくる。
しかしこれは思いっきりチャンスボールだ。
「もらった!」
全力でスパイクした。ボールは一直線にちよちゃんの顔面めがけて飛んでいった。
ちよちゃんにあわてて駆け寄る。
「……ごめん、ちよちゃん。大丈夫?」
「……大丈夫です。」
やや涙声でちよちゃんは言った。悪いことしちゃったな。
「気にしないでください。せっかく海に来たんですから楽しく遊ばなきゃ」
「……うん」
ちよちゃんは笑顔で言ってくれた。落ち込んだ心でもすぐに元気を取り戻すことができる優しい笑顔で。
- 501 名前:君がいた夏 Chapter2 神楽 投稿日:03/05/31 15:08
ID:???
- 「……ちよちゃんに本気でぶつけちゃだめだよ」
それまで観戦していた榊がさっきの出来事に駆け寄ってきた。
「ゴメンゴメン、つい本気出しちゃって。榊、せっかくきたんだから勝負しようぜ!お前相手なら本気で勝負できる」
「お、出た、勝負バカ!」
「バカは余計だ!」
ともはすぐそんなことを言ってくる。本物のバカのくせに。
「わかった、勝負しよう」
「よーし、そうこなくっちゃ。おーい、よみー、大阪ー、お前らも入れよ」
「よし、わかった」
「ならチーム分けせんとなー。私らはボンクラーズチームや」
「よーし、ボンクラーズ再結成だ! 行くぞ、ボンクラーズ!」
「ボンクラーズ言うな!」
「なんだよー神楽もりっぱなボンクラーズだろー」
「うるさい! たしかに勉強は……だけど」
だんだん声が小さくなっていくのが自分でもわかった。
「まあ、とにかく行くぞ榊、勝負だ!」
気合を入れなおして、勝負に臨んだ。榊と勝負するのも久しぶりだな。
- 502 名前:君がいた夏 Chapter3 春日歩 投稿日:03/05/31 15:16
ID:???
- 「夜は縁日ですよー みなさん浴衣は持ってきましたか?」
「ちゃんと持ってきたでー でも着方がわからへん」
「大丈夫ですよ。私と榊さんが着付けできますから」
「私もできるわよ」
にゃも先生が話に入ってきた。
「え? にゃもちゃん、できないんじゃなかったの?」
「今回のお呼びがかかってからにゃもが急に練習しはじめてね。
まあ、去年は失態を演じたし、今年はいいとこ見せようとしたんじゃないの?」
「うるさいわね!何もしないあんたよりましでしょ!」
「先生ー 練習台ってゆかり先生なんですかー?」
「そうなのよ。また人をつき合わせてねえ。ネクタイのときより時間かかったわよね」
「もうその話はやめてって言ってるでしょ!」
「じゃあラブレターの話にしとく?」
「あんたねー いいかげんにしなさい!それともあのこと話していいっていうの?」
ゆかり先生とにゃも先生のケンカや。
うーん、大人の話やな。でもケンカしないでもっと話聞かせてくれへんかな?
- 503 名前:君がいた夏 Chapter3 春日歩 投稿日:03/05/31 15:17
ID:???
- 着付けも終わって縁日にレッツゴーや。ちよちゃんの浴衣姿かわいいなー。
「さー屋台だ屋台だ 焼きそば、たこ焼き、りんごあめ、どれから食うかなー」
ともちゃん元気やなー。さっきからずっとはしゃいでる。
「なあよみちゃん、前からおもってたんやけどな、ともちゃんって猫みたいやね」
「そうだな、きまぐれでわがままでなまけもので」
「!!……」
榊ちゃんがなんか赤くなって顔をおさえとる。どないしたんやろ?
そういえば猫って長生きすると化け猫になるって話やな。でもそんなところ誰が見たんやろ?
だれも見てないのにどうして化けたなんて言えるんやろか?化け猫に聞いたんかな?
……そうか、ともちゃんは化け猫やったんや!そんでともちゃんに話を聞いたんや。
でもうかつに聞くと化け猫にとりつかれてしまうかもしれへん。これは誰にも内緒にしとかなあかん。
そういえばちよちゃんのお父さん。自分で猫って言ってたはずや。やっぱり化け猫なんか?
ということはちよちゃんも化け猫?もしかして実はみんな化け猫?大変や。これはすぐに確かめな。
化け猫ならきっと尻尾があるはずや。
って周りを見てみたら誰もおらへん。あれ?みんな消えた。猫に戻ったんか?
「大阪さーん」
遠くからちよちゃんがこっちに走ってきた。
「どうしたんですか?いきなりはぐれちゃって」
「なあ、ちよちゃん尻尾ある?」
「へ?」
- 504 名前:君がいた夏 Chapter3 春日歩 投稿日:03/05/31 15:19
ID:???
- 「私がはぐれとったんやー ちよちゃんごめん」
「いえ、いいんですよ」
結局他のひとは見つからんかったんで、ちよちゃんと2人で手をつないで歩いた。まあ、他の人にはすぐに会えるやろ。
みんなとはぐれてしもうたけど、誰よりも早くちよちゃんを見つけられたことがうれしかった。
「あ、金魚すくいや」
「……でも飼える人がいませんから」
「じゃあ、海に放流してあげよ」
「金魚はこういうことのために作られた魚で、自然の中で生きていく力はないんです。
だから必ず誰かが面倒みてあげなきゃいけないんです」
へーそうなんや。さすがちよちゃん、天才やな。なんでも知っとる。
「じゃあ輪投げはどうや?ちよちゃん、なんか欲しい物ある?」
「あのねねここねねこ欲しいです」
「よしわかったー やったるでー」
と思ってやってみたんやけど、ちっとも入らへん。どないなっとるんや?
「あ、ちよちゃん、大阪」
後ろから神楽ちゃんがきた。榊ちゃんも一緒や。
「榊さん、ねねここねねことって下さい」
「よし、まかせろ」
「おお、榊やるか?なら私もやるぜ。勝負だ!」
2人が投げるとどんどん賞品がとられていった。輪投げ屋さん、大赤字や。
「だいぶ取っちゃったな。これちよちゃんにあげるよ。私はいらないし」
「ありがとうございます」
ちよちゃんは両手いっぱいの賞品をもって嬉しそうや。私が取ったものはないけど。
- 505 名前:君がいた夏 Chapter3 春日歩 投稿日:03/05/31 15:20
ID:???
- 4人で歩いてると、たこ焼きやさんを見つけた。関西人だからたこ焼きを食べなあかん。
「ちよちゃん、たこ焼き食べようか」
「はい」
というわけでたこ焼きを食べた。うん、プロが作っただけあってうまく出来てるで。
「あの、私両手がふさがってて食べられません」
「はいちよちゃん、あーんや」
「はい!」
「熱いから気をつけるんやで」
ちよちゃんはおいしそうに食べた。よかったなー。
榊ちゃんがうらやましそうにこっちを見とった。なんや、たこ焼き食べたいんか?
「榊ちゃん、あーん」
「……いや、いい」
食べたくないんか?なら、なんで見とったんやろ?
- 506 名前:君がいた夏 Chapter4 滝野智 投稿日:03/06/01 01:33
ID:???
- 「さあ夜は宴会だー 酒飲むぞー」
「だめでしょ!滝野さんたちまだ未成年なんだから」
なんだよ、にゃもちゃんケチー。
「まあまあ、いいじゃないの。私らだって19のときにはもう飲んでたんだし」
「さっすがゆかりちゃん、話がわかるねー」
「確かに飲んでたけど、教師としては見逃すわけにもいかないでしょ」
「いいじゃん、もう私たちの教え子じゃないんだから」
「ま、いいか。今夜は無礼講ね。」
そうそう、そうこなくっちゃ。
「よーし、かんぱーい!」
「かんぱーい」
みんなでビールの缶を開ける。でもせっかくだから……
「ちよすけ、ビール飲もうぜ」
「え、あの、私は……」
「こら、とも。いくらなんでもそれはだめだろ」
「なんだよ、よみもノリが悪いなー」
「お前、もう酔ってんのか?」
「なに言ってんだか。ともちゃんがそんなに弱いわけないだろ」
「いつも私より先につぶれるけどな。それでいつも私が後片付けをやることになるんだ」
「ふーん、やっぱりともって真っ先につぶれそうだよな」
神楽が話しに入ってきた。
「なんだよー それじゃどっちが強いか勝負するか?」
「おう、受けて立つぜ。体育会系をなめるなよ」
「とも、悪いことは言わないからやめておけ」
「うるさい、号令かけろー」
- 507 名前:君がいた夏 Chapter4 滝野智 投稿日:03/06/01 01:34
ID:???
- ……うーん、気持ち悪い。まあ、吐いたおかげでだいぶ楽になった。
トイレから戻ってくると、もう酒はほとんどなくなってた。大阪とちよちゃんはもう寝ている。
「とも、大丈夫か?」
よみが聞いてきたから、とりあえず手でマルの合図を出しといた。
「おまえ、もうだめだろ」
うーん、ピンチかもしれない。しかし、まだ倒れるわけにはいかない。
「あれ、にゃもちゃんは?」
「あーゆかり先生がつぶれてうるさいんで寝室に連れてった」
「なーんだ、それじゃ大人の話が聞けないじゃん。あーあ、せっかくの楽しみが」
それじゃ、別の楽しみを。
寝ているちよちゃんの二つのおさげをそれぞれの手でつかみ、ひっぱってみる。
「こらちよすけ、起きろ!」
「いたいいたいいたい、なにするんですか!」
「もう13歳なんだから、少しは夜更かししなきゃ。ほら、大阪も起きろ!」
「な、なんやー」
「やっぱ夜はワイ談よー」
「しかしなー、そんな話誰もないぞ」
「うーん、それじゃ何でもいいから話しようぜ」
「まあ、それもいいかもな」
4ヶ月ぶりに一堂に会した私たちは、久しぶりの会話で盛り上がった。
自分たちの近況の話、大学の授業の話、なんでもない日常の話、とにかく盛り上がった。話のタネは尽きない。
こうして酒の席で話しをしていると合格発表のときを思い出す。
マジカルランドから帰ったあと、よみを私の部屋に連れ込んで一緒に酒を飲んだんだ。
一緒に酔っ払って、お互いの肩にもたれたまま一晩中笑いあった。今もそのときと同じくらい楽しい。
さっきまで倒れそうなくらい酔ってたのも気にならない。
- 508 名前:君がいた夏 Chapter4 滝野智 投稿日:03/06/01 01:35
ID:???
- そのうち、どういうきっかけだったのか車の免許の話になった。
「……春休みあたりに教習所に行こうと思ってる」
「私もそうする」
榊ちゃんと神楽は予定があるみたいだ。
「よみー私たちはどうする?」
「私に聞くなよ」
「でもさー、やっぱ免許とってドライブいってみたいよな」
「思うんだけどさ、ともって車運転したらゆかり先生みたいになるんじゃないのか?」
「ま、それもいいかもな。助手席にはよみを乗せてやるよ」
「よくねえよ。お前の運転する車には乗りたくない」
「そうだ、ちよちゃんも……ってあれ?」
なんか白くなって固まってる。ゆかり車のショックか。……それなら
「私が免許とったらちよちゃんも乗せてやるよ」
「いいえ、え、遠慮しておきます」
「遠慮することないって。思いっきりスゴイ運転してやるからさ」
「ほ、ほんとうに結構ですじょ」
なんか震えてる。
「じゃあさ、ゆかり先生の車と私の車、どっちにするー?」
「うあーん うあーん」
「もうやめろって」
うーん、いじめがいのあるやつだ。これだからかわいいんだよな。
- 509 名前:君がいた夏 Chapter5 榊 投稿日:03/06/01 01:36
ID:???
- 宴会が終わった後、起きている人で片付けをして、就寝ということになった。
隣の布団のちよちゃんを見る。いつもならとっくに寝ている時間だろうに、まだ寝付けないようだ。
「……ちよちゃん、眠れないの?」
「はい、なんだか目がさえて。一度起きちゃったせいでしょうか」
「ねえ、ちよちゃん、今楽しい?」
「はい、とっても!榊さんは?」
「私も楽しい。大学に入ってからは神楽とたまに会うだけだったけど、
今日みんなと会えてよかった。みんな変わってない。それだけでも今日ここに来たかいがあった」
「そうですね。みんなと一緒にいられてとても楽しいです」
周りを見てみる。今日遊び疲れてみんな寝ているようだ。静かな寝息が聞こえる。
「……ありがとう」
「え?」
「私、ちよちゃんにとても感謝してるんだ。ちよちゃんのおかげで私は今ここにいる。
ちよちゃんのおかげでみんなと友達になれた。ちよちゃんのおかげで高校生活はすごく楽しかった。
3年前にこの別荘に来たとき、本当は不安だったんだ。私は余計だと思われてるんじゃないかって。
でも、とももよみも大阪も、みんな私を迎えてくれた。
ちよちゃんのおかげでみんながかけがえの無い友達だと知ることができたんだ」
「そんな。でも私も榊さんと友達でよかったと思ってますよ」
「……ありがとう」
私はもう一度お礼を言った。
- 510 名前:君がいた夏 Chapter5 榊 投稿日:03/06/01 01:37
ID:???
- ちよちゃんが私の布団に入ってきた。私は何も言わずちよちゃんの暖かい体を抱きしめた。
「……榊さん、少しの間こうさせて下さい」
「うん、いいよ」
私の方からお願いしたいくらいだったけど。
「……私はちよちゃんのこと大好き。きっとみんなもちよちゃんのこと大好きだよ」
「はい!」
暗闇でもなぜかはっきりとわかる、明るい笑顔がそこにあった。
天使のように純粋で無垢な笑顔。私はちよちゃんのことが愛しくてたまらなくなった。
私のことを慕ってくれる妹。
私を孤独から連れ出してくれた親友。
私に幸せを運んできた天使。
私にとって誰よりも、何よりも、一番好きな人。
今は私の腕の中にいる。全身に感じるちよちゃんのぬくもりはそれだけで私を幸せにしてくれた。
「明日も遊ぶんだから早く寝ないとね。おやすみ、ちよちゃん」
「おやすみなさい」
私はちよちゃんと一緒にみんなが待っている眠りの国へ向かうことにした。
- 516 名前:君がいた夏 Chapter6 美浜ちよ 投稿日:03/06/01 09:05
ID:???
- 「到着やー」
大阪さんは車から出て大きく伸びをした。
1週間ぶりに帰ってきた私の家。ここが私の帰ってくるべき場所。
なのに、ここに着きたくなかった。ずっと向こうにいたいと思った。
「じゃあ今日は解散ね。にゃも、今日飲みに行こー」
「あんたまだそんな元気があるの?」
ゆかり先生と黒沢先生がもう飲みにいく話をしている。
「神楽、大丈夫か?」
「……うん、なんとか」
ゆかり先生の車から出てきた榊さんと神楽さんが声をかけあっている。
「今日飲みにいこうぜー」
「ゆかり先生と同じこと言ってんなよ」
ともちゃんとよみさんもいつものような会話。
「じゃあほら、みんなー」
『ちよちゃん、ありがとう』
みんなで声を合わせて私にお礼を言った。
- 517 名前:君がいた夏 Chapter6 美浜ちよ 投稿日:03/06/01 09:06
ID:???
- 「じゃあ、これで解散…ですね……」
解散。もうさよなら。今日が終わったらもう……そう思うと自分の感情を抑えきれなかった。
「みなさん……」
私が紡ぐべき別れの挨拶は、言葉にできないままそっと唇から離れていった。
もう涙を抑えきれなかった。
「ちよすけ」
ともちゃんが私に歩みよってきた。
「マジカルランドのときもそんなふうに泣いてたじゃん。でも私たちはこうして会ってるだろ?」
ともちゃんが私の頭に手をおきながら言った。『泣いてる子供を諭すように。』
でも一度あふれだした涙はもうおさまらなかった。わたしはともちゃんに抱きついた。
「わかったわかった、甘えさせてやるから今はおもいっきり泣け。
そのかわり空港に見送りに行ってやるから、そのときは笑顔でな」
「……はい」
私はともちゃんの胸の中で泣き続けた。
ともちゃんはいつまでも私を暖かく包んでくれていた。
- 518 名前:君がいた夏 エピローグ 投稿日:03/06/01 09:08 ID:???
- また夏が終わる。普通なら何度でも繰り返すなんでもない出来事の一つ。でも今回だけは特別だった。
アメリカへの旅立ち。大人への第一歩。
あれほど待ち望んでいたはずなのに、今はこのときが来なければよかったのにって思ってる。
時計の針を戻してみる。何も変わりはしない。
見送りに来てくれたみんなの方を見る。でも、そこに悲しい顔はなかった。
「いってらっしゃい、ちよちゃん」
「アメリカ行ってもかんばれよ」
「いつかちよちゃんの国に連れてってやー」
「ちよすけ、元気でな」
「大丈夫。ちよちゃんならがんばれる」
よみさん、神楽さん、大阪さん、ともちゃん、榊さん。みんな笑顔で私を送り出してくれる。
だから私も約束どおり、笑顔でみんなに手を振った。
「はい、いってきます!」
私が返したのはお出かけの挨拶。
「ちよちゃん、来年も別荘行こうなー」
「はい、またみんなで行きましょう」
そう、きっとまた会える。ここに帰ってくる。だから「さよなら」は言わない。
そろそろ飛行機に乗り込む時間だ。もう行かなきゃ。
今ここでみんなに向ける最後の言葉。自然と私の口から出てきた。
「みなさん、ありがとうございます! 私、みんなのこと大好きですよ!」
私は搭乗口へと歩き出した。
- 519 名前:君がいた夏 エピローグ 投稿日:03/06/01 09:08 ID:???
- アメリカ行きの飛行機の中。ふと目を閉じてみる。
思い出すのはみんなの笑顔。
私に親切にしてくれる、優しく接してくれるお姉さん。
年下の私と同じ目線で、同級生として接してくれるお姉さん。
なんだかほうっておけない、私より年下みたいなお姉さん。
私をからかって、でも楽しい気持ちにさせてくれるお姉さん。
いつでも私を守ってくれる、天使のようなお姉さん。
そしてみんな、かけがえのない親友。
きっとみんなも私の笑顔を思い出してくれている。
だから、これからの行き先に不安はあるけれど、怖くなんかない。立ち止まりはしない。
私の心をあたためてくれたみんなのために、私は前に進み続ける。
あ、そうだ。時計の針もとに戻さなくっちゃ。
―終―