258 名前:秘密契約1 投稿日:03/12/11 01:21 ID:???
「お前の身体に興味があるんだ……」
放課後の教室。がっしりと掴まれた両肩。視界の9割を占める上気した顔。
大事な話がある。みんなには絶対に内緒。そう言われて呼び出された時に、頭の片隅でこういう光景を、ちょっとだけ期待していたような気がする。

「……知りたいんだ、神楽の秘密」
彼女の長く柔らかな髪は、窓から差し込む夕陽を受けてきらきらと輝き、普段は理知的な印象を与える眼鏡は、今はどことなく淫靡な雰囲気を漂わせている。
喉が渇いて声が出ない。両頬の熱は高まり、鏡で見たらきっと湯気が出ていると思う。

「どうして、なんであれだけたくさん食べても太らないのかっ!? その秘密を教えてくれっ!!!」
「……へっ?」
自分でも恥ずかしくなるくらい間の抜けた声だ。違う言葉を期待してたこと、暦は気がついているだろうか?

「太らない秘密…… 別に…そんなものないよ……」
「いや、自分で気がついてなくても、きっと普段の生活の中に何か秘密が隠されているはずなんだ」
「普段の生活って言われても」
「明日から冬休みだろ? 2、3日でかまわないから、神楽と一緒に暮らしたいの! お願いっ!!」
「い、一緒に暮らすぅ!!??」
「頼む! もう今までのダイエット法じゃもう駄目なんだ! 一生のお願い! 何でも言う事聞くから!」

何でも言う事を聞く。その言葉が私の心に引っかかった。
暦はクラスの男子の間では一番人気で、女子大生やOLに間違えられるくらい大人びた女性の雰囲気は、いつも私の憧れだった。
普段は色気とは無縁の智や大阪、男に興味のなさそうな榊やちよちゃんと過ごしているけど、それは自分の“女性らしさ”に自信が無いからとも言えた。
暦が私の太らない秘密を知りたいのなら、私は暦の女らしさの秘密を知りたい。

「わかったよ。役に立つかどうかはわからないけど、気が済むまで家に泊まっていいよ」
「ほんと? ありがとう、神楽!!」
家族以外の他人に抱きしめられるって、ひょっとしてこれが初めてかもしれないな。
そんなことを思いながら、私もそっと暦の背中に手を回していた。

262 名前:秘密契約2 投稿日:03/12/11 03:10 ID:???
「おーきーろー!! 今日から私の秘密を盗むんだろ?」
「……んー? だって、今って……5時半!?」
「休みの日は朝飯前にランニングしてるんだ。ほら、さっさと起きる!」
「寒い…… 眠い……」
「そんなんじゃ太るぞー。冬は脂肪が付き易いんだから」
「むぅう…… だーっ!!」
「そこまで気合入れないと起きれないのかよ!」

寝起きの暦を見るのは初めてだけど、こんなんじゃ私とたいして変わらないなぁ。全然女っぽくない。

「(ブルブル)さ、寒いよ、神楽……」
「そりゃ冬だからな。大丈夫、走ればすぐあったまるから!」
「う、うん…… ところでどこまで走るんだ?」
「いつもは○△公園まで行って帰ってくるコースかなぁ。途中川沿いに走るんだけど、結構いい眺めだぜ」
「な、なぁ、ここからあの公園までって、2〜3kmあるんじゃないか!?」
「んー、距離はよくわかんねーや。いいから早く行こうぜ!」

暦は走るのキライなのかな? 体育の成績は結構良い方だと思ったけど、運動自体は好きじゃないのかもしれない。そういえば榊もそんな感じだなぁ。

「はっ、はっ、はっ、はっ」
「よみー、きつかったらすぐ言えよー」
「はっ、はっ、だ、大丈夫、だ」
「そっか。あ、ほら、ここからの眺めって良くない?」
「はぁ、はぁ、そ、そうだ、ね…… うっ……」
「今日はちょっと時間ずれてるけど、タイミングがいいと日の出が見れるんだ。すげぇ綺麗なんだぜ!」
「そ、そう…… そりゃ、見たい、な……」
「あー、無理してしゃべんなくてもいいから……」

今にも吐きそうな顔で私の横を走ってる暦の姿は、とても女性らしいとは言えない。
こっそり女らしさの秘密を盗もうと思ってたのに残念だ。
まてよ? 私が女性らしくないのは、こういう生活に問題アリなのか!?

282 名前:秘密契約3 投稿日:03/12/13 02:37 ID:???
「公園に到着ー! よみー、おつかれ!」
「ぜぇ…ぜぇ… ま、また同じ距離……走るのか……」
「ほい、ジュース。すげぇ汗だぞ」
「あ、ありがと……」

いつもは1人でやってきて、ちょっと立ち止まって、通り過ぎるだけの公園。
今日は友達と一緒でちょっと嬉しい。暦と2人っきりで話すのも珍しいし、嬉しい。

「落ち着いた? ごめんな、朝からつきあわせちゃって」
「いいよ、こっちがお願いしたことだから。それにしても、休みの日はいつもこんなことしてたの?」
「学校ある日は部活で身体動かすじゃん? 休みだからってじっとしてると、なーんか落ち着かないんだよ」
「そう。私のダイエットって節食ばかりで、運動はあまりやってなかった」
「運動が一番楽なダイエットだと思うけどなぁ。でも、よみは勉強もちゃんとやってるから時間が無いか」
「いや、そんなに勉強ばっかりしてるわけじゃないんだけど」
「じゃー、休みの日とか、何してる?」

あ、ちょっとドキドキしてきた。

「そうだなぁ、部屋でごろごろしてると智が遊びに来るから、一緒に散歩したりとかゲームしたりとか」
「…へー、やっぱ仲いいんだな」
「いや、あいつとは家も近いし幼馴染だからそう見えるだけだ。今までどれだけ苦労させられたことか… 思い出すだけで腹が立つ…」
「そうなのか? 智が嫌なら、よみって男子に人気あるんだから、彼氏でも作ってデートとかしたらどうなんだ?」
「デ、デート!? いや、そんなのしたことないし…」
「隠さなくてもいーじゃん! このダイエットだって、好きな男に見てもらいたいからなんだろ?」

あれ? なんでちょっと怒ってるんだろ、私

288 名前:秘密契約4 投稿日:03/12/13 15:29 ID:???
「理由は…… まだ言えない」

寂しそうに目を伏せる暦。こういう時の暦はすっごいキレイなんだ。
そして、とても似てる。大好きなあの人に。

「あ、嫌なら別に無理して言わなくてもいーんだ。悪い、急にむきになって」
「……いつか、神楽にはきちんと言う。約束する」

帰り道はふたりとも無言だった。
馬鹿な質問をした自分に悲しくなった。
少しだけ、涙が出た。

「……お姉ちゃん……」
「…神楽、泣いてるの?」
「いや、平気平気。ちょっとゴミがさ」
「そう…」

学校はお休みでも、大人はまだまだ仕事が続く。
うちは共働きなので、母はもう家を出てしまっていた。

「あー、ちょっといつもより時間かかっちゃった。お母さん、よみと一緒にご飯食べたがってたんだけど」
「ごめん。食事の支度手伝うよ」
「その前にシャワー浴びてきな。汗、気持ち悪いでしょ」
「いや、居候の身じゃ先に入れないよ。神楽からお先にどうぞ」
「よみって妙に堅いとこあるんだな。んじゃお先に」

汗で冷えかかった身体に熱いシャワーが心地良い。
一緒に入っても良かったかな。
自分の横でシャワーを浴びている暦の姿を想像して、少し、切なくなった。

289 名前:秘密契約5 投稿日:03/12/13 16:47 ID:???
「遠慮しないでどんどん食べて。我慢したって後で余計に食いたくなるだけだぞ」
「お魚、卵、海苔に納豆、お漬物にお味噌汁。いやー、これ立派なダイエット食だよ」
「そうなのか? うちは親父が和食好きだから、朝はいつもこんな感じだけど」
「へー、うちはパンが多いよ。バターとかジャムとかたっぷり塗ってさ」
「朝からそれじゃ、確かに太りそうだなー」
「朝だけじゃなくて昼も夜も、甘いものや脂っこいメニューばっかり。娘がスタイル維持するのにどれだけ気を使ってるか、ぜーんぜん理解してない」
「あははは 苦労してんだなー」

良かった。楽しく食事できてる。

「ふぅー、ごちそうさま。美味しかった」
「運動した後はなんでも美味しく食えるんだ。親父が言ってた」
「お父さんは? 今いないの?」
「うん、ここ一ヶ月くらい海外出張中。だから今二人暮しで寂しいんだ。よみが来るって言ったら、お母さんすごい喜んでた」
「そう、じゃあ今晩たっぷりお礼しないとね。他に家族は? さっきお姉ちゃんって…」「あ、やっぱ聞こえてたか… うん、うちは二人姉妹なんだ。今は家を出て働いてるけど」
「ふーん。神楽に似てる?」
「いや、ぜんぜん。妹の私がたまにどきってするくらい、きれいな人。 ……ちょっと、よみに似てる」
「はは、照れるね。  …さー、後片付けしなくちゃ!」
「い、いいよ、やるよ」
「まかせなって。私、神楽より家庭科得意だろ?」

290 名前:秘密契約6 投稿日:03/12/14 01:50 ID:???
「ぐああああーーーっ また負けたーーーっ!!」
「ふふふ。10年早いわ! 小娘が!」
「なんでそんなにゲーム強いんだよー いつも真面目に勉強してるんじゃねーのか?」
「まー、智とよくやってるからな。あいつに負けるとなにやらされるかわからんから、常に命がけだ」
「い、いったいどんな罰ゲームを……」
「それより冬休みの宿題やらなくていいの? せっかくだから一緒にやんない?」
「よみ、わかんないとこ教えてくれるか?」
「もちろん」

暦と同じ部屋で、ふたりっきりでお勉強。暦は馬鹿な私にも優しく丁寧に教えてくれる。
「あー、なるほど。すげーわかりやすい。よみって教師に向いてるかも」
「いや、これ私もよくわかんなくて、ちよちゃんに教えてもらったところなんだ」
「ちよちゃんと一緒に勉強したりしてんの?」
「うん。だって年明けたらもう受験じゃん? ちよちゃんは留学決まってて余裕あるから、いっぱい頼ってる」
「受験かぁ…… はぁ、憂鬱……」
「私、勉強は嫌いじゃないから、受験はそんなに苦じゃないんだ。でも卒業してみんなと別れるのは寂しいかな」
「そう、それ! 私もどっちかっていうとそっちが憂鬱の原因」
「志望校一緒なの智と大阪ぐらいだもんね。あとはみんなバラバラ」
「あーあ、せっかくみんなと仲良くなれたのになぁ…… よみとだって、もっと色々しゃべりたかった」
「……いいよ。宿題は終わりにして、おしゃべりしよっか」

暦がじっと私を見つめてる。やっぱり似てる。大好きだったお姉ちゃんに。

293 名前:秘密契約7 投稿日:03/12/14 13:39 ID:???
がさつでおてんばな私と違って、お姉ちゃんはおとなしくて優しくて、何よりすごくきれいな人だった。
ちょっとしたことですぐ泣いてしまうお姉ちゃんは、近所の男の子たちからよくいじめられていた。
お姉ちゃんは私が守る。泣かせるような奴らはみんな追い払ってやる。私はお姫様を守る騎士のつもりだった。
お姉ちゃんがありがとうって言ってくれる度に、私は嬉しくなって、抱きついて甘えた。

でも私が中学生になって、少しずつ胸が大きくなり始めた頃、突然現われた王子様が、お姉ちゃんを私から奪いさってしまった。
もし自分が男だったら? もしお姉ちゃんと血がつながっていなかったら?
本気でそんなことを想像するくらい、一時期の私は混乱していた。
父も母も家にいない事が多く、今までの人生のほとんどをお姉ちゃんと過ごしてきた私にとって、それはとてもつらい試練だった。

大きくなったらお姉ちゃんみたいにきれいになれるって、そう信じていた。でもいつまでたっても私は私のまま。
憧れだったお姉ちゃんは大学生になって家を出てしまい、家に戻らないまま就職して、そして来年には王子様と結婚が決まっている。

「……今でも、お姉さんのこと、好き?」
「どうだろう… 昔みたいな強い想いはもう無いけど、でも友達になりたいって思う人は、なんとなくお姉ちゃんに似てるかもしれない」
「時々、神楽に見つめられてる気がしてた。あの視線は、私じゃなくてお姉ちゃんを見ていたんだ」
「ごめん。そんな風に見られるのって、きっと迷惑だろうなって思って、なるべく見ないようにしてたつもりなんだけど」
「ぜんぜん、迷惑じゃないよ。視線は女を磨くもの、だし。お姉さんがきれいなのは、きっと神楽に見つめられていたからじゃないのかな?」
「え?」
「大好きな妹の憧れの存在であり続けるために、いっぱいきれいになる努力をしてたと思うよ」
「そう…なのかな…?」
「きっとそうだよ。私も…同じだから…」

319 名前:秘密契約8 投稿日:03/12/15 20:58 ID:???
「なーんだ。よみはもう答えを知ってるじゃん。太らない秘密」
「もうじきその手は使えなくなるの。だから自分でなんとかしなきゃね」
「私も、お姉ちゃんみたいにきれいになれるかな?」
「神楽をちゃんと見てくれる人が出来たらね、きっときれいになるよ」
「そっか。それまでは自分で努力しなくちゃ駄目か」
「そういうこと」
「なー、よみ。お化粧の仕方教えてくれねーかな? 今まであんまりやったこと無いから……」

初詣。
あの日暦に教わったお化粧を少し。
少し前を暦が智と並んで歩いてる。

「よみさぁ、まだあの大学受ける気でいんの?」
「当たり前だ。お前こそ上を目指す気は無いのか」
「いまさらよみに追いつけないって。いーよ、大阪と仲良くやるからさぁ」
「寂しい?」
「誰が! そっちこそ寂しくてしょうがないんだろ? ちょーっと手を抜けばいいのにっ!」

智が拗ねてる。
馬鹿だな、お前がいつも見てるから、暦は手が抜けないんだよ。

「榊、一つお願いがあるんだけど」
「何?」
「大学生になっても時々会ってくれる?」
「…? もちろん」
「その、榊にはちゃんと見て欲しいんだ、私のこと…… 色々、頑張るからさ」

不思議そうに少し首をかしげる榊をみて、くすくす笑いがこぼれた。
これから苦しい時はこの顔を思い出そう。榊に見られてるって思えば、なんでも出来そうな気がするから。

(おしまい)