907 名前:ともかく大貧民 投稿日:04/03/19 08:01 ID:???
【ぷろろーぐ】

「神楽」
 まっすぐ見つめる真剣な眼差し。目をそらすことを許さない。
 何か答えなくちゃいけないのに、胸がつかえて言葉が出ない。
「とも」
 それだけ返すのが精一杯。
 でも、それは智も同じ。
 言いたいことはたった一つなのに。
 その一つはとても重くて、大きくて。
 口から出すには全身の力を使って、押し出さなくちゃならない。
 顔を真っ赤に、目を潤ませて。
 言おうとする。
 たった一言。

908 名前:ともかく大貧民 投稿日:04/03/19 08:03 ID:???
「かぐ…」
 口の形が硬直する。そのまま止まる。
 まだ足りない。心の力。
 ごめん、とも。
 私にだって、余裕はない。
 このまま逃げ出さないだけで、もう全力。
 助けてあげられないんだ。
 でも、とも。
 頑張れ。
 神楽は智を待っている。
「……」
 閉じられる口。止まる呼吸。そんな一瞬。
 そして、
 ついに、
 運命を切る言の葉。

「好きだ、神楽」

 …………。
 何でだろう。
 嬉しいはずなのに。
 待ってた一言なのに。
 どうして、
 どうして涙が出るんだろう。
 どうして胸が苦しいんだろう。
 さっきより、胸が切ない。
 心が、胸が重い。
 重いよ、とも……

909 名前:ともかく大貧民 投稿日:04/03/19 08:08 ID:???
                    ※

 胸苦しさに目が覚めた。
 見慣れた木目が視界に入る。
「…………」
 夢を見ていたらしい。
 色んな思いでの詰まった高校生活の中でも、一番に切なくて大事な夢。
 そして、がさつな自分に似つかわしくない、乙女チックなラヴシーン……改めて思い返し、神楽は頬を染めた。
「…………」
 それにしても胸が苦しい。
 夢の内容のせいにしても長引きすぎだ。加えて、健康状態は大学入学以来一度も崩したことはない。
 全く何だってんだ、と胸に手を当てようとして、その原因が判明した。
豊かな剥き出しの双球、その谷間にすっぽりとショートカットの頭がはまっている。その全重量が呼吸器を圧迫していたのだ。
「……何やってんだ、とも」

910 名前:ともかく大貧民 投稿日:04/03/19 08:09 ID:???
「……ン」
 もぞっと、わずかな動きと呼吸の変化。どうやら起きたようだ。
「……さっさと、のけ」
 冷たい声をかける神楽。
「……ボクは、神楽タンの乳房デス」
 うつぶせの頭がぬけぬけと答えた。
「こんな邪魔っけなもんが三つもあってたまるか! バカ言ってねーでさくっと起きろ!」
「えー、こんな気持ちいいものが邪魔なんてこたーないだろー?」
「私が邪魔っつったら邪魔なんだよ! 第一、胸毛ボーボーになんだろ!」
「それも個性だよ」
「いらん個性だ! どけ!」」
「やだよー、だって神楽の胸って気持ちいいんだもーん」
 と、智は顔を横にして柔らかい脂肪の丘に鼻先を埋めた。
「くっ…」
 反撃の手が思わず止まる。夢の内容と昨夜の出来事が想起されたからだ。
「め、飯の用意しなきゃいけねーだろ! 早く服着て、準備しろ!」
「朝飯なんていいよー、私は神楽を食うからー」
 流石に神楽の顔が真っ赤に染まる。
さて、
『あはは、もう甘えんぼさんだなー、ともはー♪』
 と、言う台詞を智は神楽に期待していたのだ。愚かにも。
 だから、神楽が
「そうか、ではとりあえず私のパンチを食らえ」
 なんて言って、実行に移すなんて予想もしなかったに違いない。
 ヒット音と標的の悲鳴が、二人の住む部屋に軽快に響き渡った。
 そんな感じで、いつも通りの朝が始まる。