- 465 名前:よみくじ・その1 投稿日:04/01/03 03:02 ID:???
- 水原暦が目を覚ました時、時計の針は3時を少し過ぎた所を指していた。
うっかり炬燵で眠ってしまったようだ。体を起こすと背筋が心地良い音を立てた。炬燵の上には意識を失う前のまま、お菓子やジュースが散らかっていた。
点けっ放しのテレビには、若いタレントが羽織姿で水着の女の子と戯れていた。
何故かそれが不愉快に思えてチャンネルを替える。古い洋画が映ったのでそこで手を止めた。
しばらく画面を眺めてから、視線を横に落とす。
先程までの暦と同じように、滝野智も炬燵にもぐりこんで寝息を立てている。
炬燵が暑いのか、少し顔を紅潮させている。
しばらく智の寝顔を楽しんでいたが、当初の目的を果たす為、軽く肩を揺すった。目的の時間にはまだ少し早いが、智は目覚めが悪い。
「起きろ。風邪ひくぞ」
お屠蘇と称して台所からくすねてきた清酒が効いたらしい、智はなかなか目を開けなかった。
ううん、と生返事で答えるがしばらくするとまた眠りに落ちてしまう。
横を向いていた智を仰向けになるように倒し、耳元で聴こえるか聴こえないかの小声で囁いた。
「起きないと、ちゅーするぞ」
自分も酔いが抜けていないのか、判らなかった。だが、丁度それを言い終わる前に智が目を開けて億劫そうに体を起こした時にすごく残念に思えたのは確かだった。
「よみー。あけまして、おめでとー」
首をひねりながら智が寝ぼけ声で呟く。なんか可愛いぞ。
「それは寝る前に言った」
「お年玉ちょうだい」
ここで、さっきの「ちゅー」をかませば、酔っ払いの戯れ事で済んだのに、何故か自分は「ほらよ」と濡れナプキンを智の顔に押し当ててしまっていた。いいんだ。まだ時間はある。
それからしばらくは、また眠りこける前までのしょうもない話の続きをした。学校のこと、冬休みの間のこと、そしてこれまでの同じ時期のこと。二人は毎年の年越しを、こうしてどちらかの部屋で過ごしているのだ。
「いやあんた去年は北海道行ってたろ」
まあ、例外もある。
「来年二人とも大学生になったら、行けばいいんだ、北海道」
半分自分に言い聞かせるように呟く。そう、当面の目標は大学受験。そして今日この日は二人での最後の息抜きとも言える。
智がそう思ってるかは知る由もないが。
- 466 名前:よみくじ・その2 投稿日:04/01/03 03:04 ID:???
- 時計が5時を回った。
そろそろ行くか、と暦は腰を上げる。当然だが外はまだ暗い。
窓を開けると新年の冷えた夜風が部屋の中に吹き込んだ。
「さむ! やめよう!」
智が悲鳴のような声を上げ炬燵にもぐりこんだ。「ここからでいいじゃん」適当な方角を指して手を合わせる。
何を言うか、と暦は炬燵の反対側に回り込み炬燵布団をめくり上げた。そこには布団からはみ出ないようにたたみこんだ智の足があった。
ヒーターの赤外線に照らされたその足は妙になまめかしく見えた。
そのまま無言で、ズボンの裾から手を差し込む。外気で冷えた掌で智のふくらはぎの辺りをさするように握る。
「〜〜〜〜ッ!!!!」
声にならない叫びを上げ、智は足を反らせる。かかとを天板にぶつけてさらに声を上げる。観念したのか、やがてずるずると炬燵から這い出してきた。
参道はすでに初詣客でごった返していた。
大晦日を二人で過ごすのは、この初詣の為である。以前はお互いの家族と連れ立って行っていたのだが、夜歩きが許可されたここ数年は二人きりで行っている。
だから、学校のみんなと行くのは、実は初詣ではない。
普段なら歩いて数分の道を、30分近くかけてのろのろと歩く。二人は懐炉代わりの缶コーヒーを手に、時折夜空を見上げながらゆっくりと歩いた。
お互いに黙っている。「言葉は要らない」なんて誌的な場面ではなく、本当に話すことがないのだ。最前まで夜通し喋ってた上、寒空の下並ばされて疲れているのだ。
智は手を擦り合わせていた。缶コーヒーを早々に飲んでしまったため、暖がないのだ。
暦は自分の分の缶コーヒーを智のコートのポケットに突っ込み、そのまま自分の手も入れたままにした。
智は何も言わずに自分の手をポケットに入れる。智のポケットの中で、コーヒー缶を挟むように二人は手を握った。
空が白み始める頃、境内に辿り着いた。
名残惜しそうに暦は智のコートから手を引き抜くと手水鉢で手を洗った。できれば洗いたくなかった。
お参りは一瞬で終わった。
後がつかえているので長居する訳にはいかない。
「なにお祈りした?」智が聞いてきた。
「受験のことはみんなで行くところでお祈りするから……」
「二つ以上お祈りしちゃ駄目ですか!?」
まあ、それは人それぞれだろう。
- 467 名前:よみくじ・その3 投稿日:04/01/03 03:05 ID:???
- 「あ、おみくじ引こう! おみくじ」
子供のように智が札所に駆け出す。おみくじはみんなで行った所で引こうとしていたんだが、まあいいか。
「吉」
なんというか、可もなく不可もなく、という所だ。
願事:努めれば報われる
恋愛:あわてず機会を待て
他の項目も随分当り障りない書き方である。待てばいいのか努めればいいのか。願事と恋愛は別なのか。わたしの願いは。
智を見ればなにやらしょげている。覗き込もうとしたら。あわててお御籤を隠された。答案用紙を見られそうになった子供のようだ。
「なに、末吉だっていいことあるさ」
ちらりと見えていたのでからかうように慰める。こちらが吉のお御籤を見せると今度は真剣に口惜しそうな顔をする。吉も末吉も五十歩百歩だろうに。
「へんだ。みんなで行った時には大吉引いてやるから」しょうもないことで意固地になるものだ。
境内の裏は高台になっている。ここから日の出が見られるので、結構な人が来ている。
智はもう気分を切り替えているのか、初日の出をわくわくと待ち構えている。朝寝坊の智が、日が昇るところを見るのは今日ぐらいなものだ。
空気はあいかわらず冷えているが、暁の空の下を吹く風が頬を撫でるのが心地良い。
暦はさっきとは逆に、自分のコートのポケットに智の手を招き入れた。缶コーヒーは既に飲んでしまっている。
空が見る見る明るくなって、色は紺から蒼に、そして白へと移ってゆく。
透き通るような正月の空の果て、陽が昇りはじめた。周りで歓声がおこる。二人はただそれを見ていた。手をつないで。
「いい年になりそう」智が呟いた。
今年は人生の正念場の一つではあるが、智がそう言うなら、いい年になるだろう。
もう片方のポケットにはさっきのお御籤がまだ握られていた。
そこにはこう書かれているのだ。
待人:すぐそばにあり
(おしまい)