- 345 名前:同室受験フォローSS・前 投稿日:02/09/29 11:53 ID:???
- 「…ラーメンをお願いします」
「私はチャーシューメン大盛り、麺は固めで!それからギョーザね!」
そして騒々しい厨房の方へ店員が去ってしまうと、神楽は榊に向き直って言った。
「…けど、すべり止めにしてもおまえの受けるとこじゃないよな、あんな大学の経済学部なんて。
そりゃ私には、あんなとこでも結構あれだけどさ…」
榊は少し慌てぎみに、店内にいる同じ試験帰りの受験生達をちらりと見やる。
「聞こえねえって」神楽は苦笑した。
だが榊はそれでも気を使うらしく、いくぶん声を低くして話す。
「…うちの親、学歴に『浪人』って入ることをひどく嫌がるんだ。
志望校に行けない場合、仮面浪人でいいから、とりあえずどこかに籍だけは置けって。
それなら、あそこだと家から近いし…確かに私も、獣医学部については妥協したくないから」
「はぁー、やっぱ私とは全然次元が違うね」神楽はため息をついた。
「妥協したくない、か…そんな格好いいこと、私も言ってみたいよ」
「神楽は体育学部を本気で目指してはいないのか?」
神楽は顎を拳で支えて、渋面を作った。
「やっぱおまえ、その辺がエリートの台詞だって。私はよそに落ちたら、おとなしくあそこで諦めるよ」
そう言ってから、ふと思いついた。一応そのときには、ここにまた榊と一緒に通う可能性もある。
それもけっこう楽しみな想像ではあった。
神楽はその期待を、憎まれ口の形でちょっと口に出してみた。
「…ま、最悪の場合には、また二人揃ってここでラーメン食ってたりしてな」
だが榊の反応は芳しくなかった。わずかに眉をひそめて、こんな事を言う。
「それは避けたいな…マヤーの事もあるし…」
「ああ、そう、だね…」神楽は、つと目線を落とした。何か、自分を拒絶されたような気持ちで。
――そうだよな。こいつならちゃんとやれる。私とは格が違うんだから。
いい友達だった。それは間違いない。でも、別れたら結局そのまま、
こいつは私には手の届かない世界に上っていくんだろうな――
寂しさは、神楽には不慣れな感情だった。
- 346 名前:同室受験フォローSS・後 投稿日:02/09/29 11:53 ID:???
- 「こちらでよろしいですね」突然、店員が目の前にギョーザを乗せた皿を置いていった。
これだけ早いのは、受験生を当て込んで一度にたくさん作っているからだろう。
神楽はふと我に返った。「ああ、食おう。二人で分けるつもりだから」
そして割り箸を手にとって割ろうとしたとき、榊が声をかけてきた。
「神楽、先を持たないと…」
しばし呆然とした。「…おまえ、信じてんの?」
「せっかく、春日が開発したことだから…」律儀な声で榊が言う。
唐突に、神楽の心の中に笑いがこみ上げてきた。「何だ、おまえ、私たちと同レベルになって…」
そして割り箸をきれいに割ってみせ、榊に笑いかける。
榊も同じ事をして、にこりと笑った。
「…そうか」神楽は言った。「バカでも、友達は大事にするんだよな」
「?」榊は反応に困っているようだったが、やがて悟ったらしく、珍しい苦笑いを浮かべた。
――私は何をいじけてたんだろう。言いたいことははっきり言わなきゃ――
だから、神楽は大事なことを口にする。
「…さっきの話だけど…学校が離れたって、会う事はいつでもできるよな」
そして、榊は何のてらいもなく答える。「ああ、もちろんだ」
友情を隔てるものなどないと、そのとき神楽は確信した。
それから神楽はもう一つ、大事なことを思い出す。
「まだ、おまえといろいろ勝負したいしな。何か勝ちてえよなあ。何かねえかなあ、勝てること。
…あ、そうだ。早食い、あれなら勝てる!榊、ラーメン早食いで勝負だ!」
「悪いが、それは棄権だな。私はあわただしく食べるのは嫌いだ」
「何だよ、ラーメンまでよく噛むとか言うなよ」
「…それ以前に、そっちは大盛りのハンデがあるだろう」
「う…!」
…誰かの突っ込み能力でも榊は手に入れたのだろうか。狼狽しながら、そんな事を神楽はふと考えていた。