- 750 名前:R.F. ◆uekdll3sCM 投稿日:02/12/08
17:32 ID:???
- ■AnotherStory:勘違い−1
夏休み明けの、まだ長い休みの気だるさが残るある二学期の昼休み。
神楽は相変わらずあっという間に昼食を取り終え、まだ食事途中の榊の机に椅子を寄せ、
持って来た雑誌を広げて一方的に榊に話しかけていた。
「結局さー、中途半端なもの買ってもダメだから、夏休みもアルバイトしてお金を貯めたんだぜ!
これで春のと、お年玉を合わせたら、結構いいのが買えそうだ!」
神楽は春先からずっとマウンテンバイクがほしいこと、買うためにお金を貯めていることを
事あるごとに榊に話していた。
あまりにも何度も、嬉しそうに話すので、最近では榊も興味を持ちはじめている。
「そうか……それで、どんなのを買うんだ?」
昼食をようやく終えた榊が、弁当箱をしまいながら神楽が持って来た
雑誌のページに目をやりつつ答える。
目に映ったのはカラフルな色、地味な色、たくさんの種類のマウンテンバイク。
榊にとってはやっぱり「ちょっと高級な自転車」にしか見えないが、それでも
目に映った赤い色のそれは「いいかも……」と思わせるだけの魅力があった。
緑の草原を、赤いマウンテンバイクでさっそうと走りぬけていく。
いつしか空を舞い、鳥さんたちと空の散歩を楽しむ自分の姿を想像し、
思わず顔を赤らめてしまう。
- 751 名前:R.F. ◆uekdll3sCM 投稿日:02/12/08
17:32 ID:???
- ■AnotherStory:勘違い−2
ふと、榊は思った。
神楽は、春はともかく夏は水泳部の合宿とか練習で忙しかったはず。
どんなアルバイトをしていたのだろう?
おそらくは短時間でできる、効率の良いアルバイトなのだろうか。
自分がアルバイトをしていないせいもあり(人前に出るのが苦手なのが最大の原因だった)、
どういう仕事をするのか、興味をそそられる。
「夏はどんなアルバイトをしたんだ?」
榊の問いに神楽は天真爛漫に答えた。
「水商売やってたんだぜ!」
「え……」
神楽の答えに榊は絶句した。
いや、榊だけでなく、周囲のクラスメイトも含め、ときが一瞬止まった。
ちよと雑談をしていた暦も眼鏡をずり落としてしまわんばかりの驚きの表情を見せていた。
ちよは暦の反応に「?」マークを浮かべる。
- 752 名前:R.F. ◆uekdll3sCM 投稿日:02/12/08
17:32 ID:???
- ■AnotherStory:勘違い−3
周りの反応に「なんで?」という表情を見せる神楽に、榊は顔を赤らめながら答えた。
「そ、それはまずいんじゃないのか……?」
「なんでだよ?」
「……だって……水商売といったら……」
神楽の逆質問に榊は途中まで答え、うつむいてさらに顔を赤らめてしまう。言葉が続かない。
「そりゃあ、水着でやるんだから普通のアルバイトと比べたら、恥ずかしいかもしれないけど、
顔を真っ赤にするようなことじゃないだろ?」
神楽は榊の反応に多少驚きつつ、反論する。
だが神楽の科白は、ますます周囲の驚きを増させるものであることに違いはなかった。
「おい、神楽! それって本当なのか?」
「な、なんだよ、よみ。血相変えちゃって」
肩をいからせてやってきた暦。
何故暦がそんな表情をしているのか分からない神楽は、ただきょとんとするばかり。
「高校生が水商売はまずいだろ? お金がほしいのは分かるけど……」
自分の親友が、越えてはいけない一線を越えてしまった。
そんな現実を目の前にしての悲しさを覚えつつ、暦は神楽をさとすように語った。
それほどまでに困っているのなら一言いってくれれば。
確かに神楽はスタイルがいいから人気が出るかもしれないけどさぁ。
水着で相手するなんて……。
- 753 名前:R.F. ◆uekdll3sCM 投稿日:02/12/08
17:32 ID:???
- ■AnotherStory:勘違い−4
「は? 何言ってるんだ、よみ?」
暦が真面目な表情をしながら語る言葉の、意味が理解できないかのような反応をしめしつつ神楽は続ける。
「水着じゃなきゃ、もしもの時に間に合わないだろ?」
これまでのある意味緊迫した表情から一転して、「は?」といった表情を見せる暦と榊。
間に合わない、って?
「部活の延長みたいなもんだしさー。私にぴったりだろー? プールの監視員って」
「……は?」
今度は暦と榊だけでなく、周りで話の経過をうかがっていたクラスメイトも、
不意打ちを食らったかのような表情を浮かべた。
榊は神楽をじっと見つめ、それからぼそりとつぶやいた。
「そういうのは、水商売とは言わない……」
驚き、「え? 違うのか?!」 とだけ反応した神楽に、暦がフォローをいれた。
「あのなぁ……水商売ってのは……」
暦が神楽の耳元で「水商売」の意味を説明した途端、神楽の顔が真っ赤に染まった。
先ほどの榊にも負けないくらいの赤さだ。
- 754 名前:R.F. ◆uekdll3sCM 投稿日:02/12/08
17:32 ID:???
- ■AnotherStory:勘違い−5
「な、な、なんだよー! プールも水だから水商売だと思ったんだよー!
ちょっと間違っただけじゃんかー!」
神楽の半ばヤケになった説明調の反論に、真実を知ったクラスメイトは彼女らへの注目を止め、
またそれぞれの昼休みを堪能すべくおしゃべりをはじめた。
「うー。わざと間違ったんだぞー! 本当は知ってたんだぞー!」
いいわけをする神楽に、暦は「はいはい、分かりました」とだけ声をかけた。
さすがにいつも智へのツッコミで経験を稼いでいる暦だけあり、
適切なあしらい方には慣れているようだ。
「間違いは誰にでもある……私は気にしてないから大丈夫」
あまりにもの恥ずかしさでパニック状態に陥っていた神楽に、榊は肩を叩き声をかけた。
はっ、と我に帰る神楽。
榊は神楽が持って来た雑誌の写真を指差しながら、続けた。
「この……赤いのは、どういう名前で、どんな性能なんだ?」
「え、えと、その、これはだなー、名前は……」
再びいつものやり取りが始まったのを確認し、暦もほっとため息をつき、彼女らから離れた。
暦に残された課題は、ちよに「水商売」の説明をすることだけだった。
- 755 名前:R.F. ◆uekdll3sCM 投稿日:02/12/08
17:33 ID:???
- ■AnotherStory:勘違い−6
その日は水泳部は休みで、榊と神楽は一緒に下校することになった。
「榊……あのさ?」
神楽がちょっと恥ずかしそうな、そして落ちこんだ表情をしながら榊に声をかける。
いつもはボーイシックで通っている神楽だが、この時ばかりは女の子らしい仕草を見せた。
「昼休みのことだけど……私、やっぱり馬鹿なのかな?」
榊は顔を横に振り、神楽に答えた。
「そんなことない……。誰だってミスはする。さっきはたまたまタイミングが悪かっただけだ……」
いつものように、落ちついたトーンの、それでいていつもよりちょっとだけ力強い声だった。
ほんのちょっぴりだけ目を潤ませて、その目を右手でこすり、神楽は榊の背を叩く。
「そーだよな! うんうん! ありがとー、榊!」
それだけ言うと神楽は、ばっと走り出す。
「榊! あの向こうの坂までかけっこの勝負だぜ!」
いつもは挑戦に乗らない榊も、この時ばかりは応じた。
「うん……分かった」
夕日に二人の少女の駆ける姿が照らし出される。
そしてその夕日に照らされて伸びた影の動きがいつしか止まり、少女たちの笑い声が聞こえてきた。
今日は今日、明日は明日。
明日はまた、何事も無かったかのような一日になることだろう。
−終わり−