561 名前:ある日記 1  amns 投稿日:02/10/21 21:16 ID:???
今日は神楽さんのことを書こう。気持ちに整理をつけるために。
結局、私の気持ちは何なんだろう。好意なのか、憧れなのか、それとももしかして同性愛なのか。
でも、そういう定義の違いはよく判らないし、定義してどんな意味があるのかも判らない。
ただ、確かな気持ちだけがある。あの人が見える範囲にいるとつい見たくなる。
遠くにいてもあの人の声は聞こえてしまう。そしてあの人に、何でもいいから構ってほしいと思う。

気にしだしたのはむしろ遅い方だ。1年生の夏頃には、すでに神楽さんに何人ものファンがいた。
そのスポーツ万能ぶりはよそのクラスでも有名で、3組にいた榊さんと人気を競っているようだった。
実際に、同意を求められたこともある――「あの人カッコよくない?」
でも、当時は本当に何とも思わなかった。私がスポーツに興味ないというのもあるが、
あの人は身長は私より低いぐらいだし、男言葉というのもマンガみたいで好きじゃなかったし、
成績が悪いらしいということで少しバカにしてさえいたほどだ。
きっかけは球技大会の練習のとき。放課後に自主参加という形だったから、集まりは悪かった。
雰囲気も真剣ではなかった。だからこそ、まともにボールを投げることもできない私でも
参加できたといえるが。でも私は一応真面目にやろうと思っていたから、
その1週間半の練習に、友達が来なくなった後でも一人で参加し続けた。
そして神楽さんは、部活のない日には必ず来ていた。
練習の最終日、まだボールをうまく投げられないでいた私は、終わった後でもしばらく
一人で壁当てをして練習を続けることにした。すると神楽さんが声をかけてきた。
「あれ、あんた真面目にやるつもりなんだ」
親しいわけでもなかったから、私は適当に「うん、一応」などと答えただけだった。
すると神楽さんは言った。「じゃあ、私と一緒にやらないか?」

562 名前:ある日記 2 投稿日:02/10/21 21:17 ID:???
自分だったら、友達でもないのにそんなに気軽に声をかけられない。私は少し驚いたが、
「私も、勝負事っていうのはどうしてもマジになっちゃうからさ。勝ちたいんだよ」
と言う神楽さんの真面目な顔に、私は何だか思いがけず、はっとしたのだった。
それで、私達はキャッチボールを始めた。神楽さんは私の下手な投げ方をよく注意したけど、
決して怒りはしなかった。それでも私は少し不愉快な気持ちになり始めていた。
と、不意に神楽さんが私に近づいてきて、ボールを持つ私の腕を手に取った。
「投げ方が悪いよ。こうやって……」突然触られて、私は動揺した。でも嫌悪感はなかった。
その手が、思ったよりもずっと柔らかかったから。
そして指導されながらやってみると、実際にそれまでよりはかなりうまく飛ぶようになったのだ。いつの間にか不愉快さは消え、私は笑いながらボールを投げていた。
「どう、面白くなっただろ?」神楽さんは軽やかに動きながら言った。
「うまくなれると本当に楽しい。だからスポーツが好きなんだ。勝負で自分を磨きたいんだ」
練習を終わりにしてから、神楽さんが「付き合ってくれてありがとうな」とおごってくれたのは
牛丼だった。女の子なのに恥ずかしい、などとはあまり考えていないようだった。
それでもあの人は、本当においしそうに笑って食べて、ちゃんとごちそうさまを言った。
帰宅後、何か妙に手の感触の記憶が残っていて変な気持ちだった。
球技大会本番になってみると、ピッチャーになった神楽さんは凄い速球をどんどん投げて、
私はどれだけ自分に合わせてもらっていたかを知った。
クラスの女子が神楽さんに飛ばす黄色い声援に、私は軽蔑と優越感を抱いていた。
真面目にやらなかったくせに。私なんか、あの人と二人で練習したんだ。
そして神楽さんが榊さんにホームランを打たれたとき、
青空に高く舞うボールを見上げながら、私は本当に残念な気持ちになった。

563 名前:ある日記 3 投稿日:02/10/21 21:18 ID:???
結局、神楽さんとは挨拶をするようになったぐらいで、特に親しくなったわけでもなかった。
あれがあの人の普通の接し方なのだ。なのに私だけが、あの時のことを特別な記憶にしてしまっている。
こういう感情というのは、要するに騙されたみたいなものだとも思う。あの時、
真面目な顔をされなければ、触られなければ、笑顔を見なければ、ただそれだけで違ったのだと思う。
それなのに、私はこんなに変えられてしまった。本当は、人は自分の心もよく理解できないのではないか。

2年生に進級したとき、私はまた神楽さんと同じクラスになったことがとても嬉しかった。
そして、それは榊さんと同じクラスでもあった。
また、榊さんの熱烈なファンということで、神楽ファンの間でも知られた香織ちゃんという子もいて、
本当に私とそっくりな境遇だったものだから、すぐ友達になった。
でも、やっぱり私は榊さんを今ひとつ好きになれない。確かにカッコよかった。
最初の日に香織ちゃんと話していて、近くで榊さんと会ったときにもそのことには心から同意した。
だけどあの人は、挨拶をしても一言返してすぐ行ってしまうし、冷たい感じで人付き合いも悪い。
4人くらいの小さなグループとだけは仲がいいけど、それでもお弁当は一人で食べていた、とか。
それは香織ちゃんに言わせると「孤高で繊細だから」であり、そのグループの人によると
「榊は本当はコンプレックスが強くてシャイだから」ということなのだけど。
そうなのかもしれない。だけど私はやっぱり、神楽さんの単純明快な明るさの方が好きだ。
積極的に人と付き合っていこうとする様は少し強引なくらいで、
それでも根本には優しさがあるから憎みきれない、あの人柄に私は強く憧れと尊敬を抱く。


564 名前:ある日記 4 投稿日:02/10/21 21:18 ID:???
けれど私にとっての悲しみは、あの人がその積極性を、今ではもっぱら榊さんに向けていることだ。
私にではなく。
同じクラスと判ったときに、私は決心したのだ。2年生では神楽さんと親しくなろう。
昼食や帰宅に、勇気を出して神楽さんを誘おう。
ところがあの人はそのどちらの時間も、すぐに榊さんと過ごすことに決めてしまった。
いつもたった二人でお弁当を食べ、部活のない日の帰りには榊さんを追いかけていってしまう。
そしてそのつながりもあって、結局あの小さなグループに所属する形になってしまった。
みんなの中心にだってなれる人なのに……そう私は思いもするけど、もちろんそれは勝手な思いで、
毎日あの中で楽しそうに過ごしている神楽さんの姿に満足するべきなのだろう。
ただ、私一人が勝手に寂しがっているだけの話だ。
そして最近ではとうとう、榊さんがあの人を呼び捨てにするようになった。
そのことへの反応は両派のファンの間でも色々だ。ライバル関係にこだわる人は残念がったり、
冗談で「様」づけをしているような子たちは妙にはしゃいでいたり。
でも私の場合は、それよりも先に考えてしまうのだ。
私が、今ここに「神楽さん」だの「あの人」だのでなく、ちゃんと名前を書いていた可能性を……。

こうして書いてきてみても、結局気持ちの整理などつかなかった。当然なのだろう。
そんなことで人が感情に振り回される苦しみをなくせるなら、世の中はずっと簡単になっている。
それにしても香織ちゃんは一体、どうしているんだろう。一方的な思いだけで満足なのか、
考えないようにしているのか。それともやっぱり苦しがっているんだろうか。
明日はその事を話し合ってみようかな。
付き合わせるおわびには、いつものアイスでもおごろう。牛丼はやっぱり今でも恥ずかしいから。