453 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/10(金) 01:59 ID:???
1/3 (1巻092ページ)

――1999年2学期初頭 1年3組のホームルーム

 あ! 大山君! 教壇に登ったわ!
「それでは二学期の委員長を決めたいと思います。誰か立候補する人はいませ
んか?」
 くー、ええ声やのー!たまらんわ大山君〜!

 ここだけの話、私って大山君大好きなのよね。頭いいしやさしいし、あんな
殿方が私の配偶者になってくれたら、お似合いのカップルだと思うわけよ。
それに彼、すごくスタイルいいの。プールの授業のときにちらっと見たんだけ
どね、引き締まってて綺麗なの。うわあ、鍛えてるんだなあ男だなあって。
腹筋なんか、割れてるし。逞しいの。着やせするんでいつもはわかんないんだ
けどね。大山君は私のナイト。守って守ってー。
「ファイナルベント」ガオー。びしゃびしゃーん。私を襲おうとしていたモン
スターを退治する大山君。
「大丈夫か、瀧野!」
「ありがとう、大山君…」
そして二人は…あん。恥ずかしーっ!!

 はっ。妄想してる場合じゃない。すくっと挙手。ん? よみ? なんか言っ
た?ちょっと今お取り込み中なの、口挟まないで。
 大山君ー! 私を見てー! 私、委員長に立候補するの! 前任者として、
私を導いてね。手取り足取り。きゃっ。あ、大山君が続投するなら、私副委員
長やります。二人でクラスをひっぱっていこうね!

 静まりかえる教室。対抗馬はなしなわけね。これで大山君は私のもの。
 あ、なに? ゆかりちゃん! 私の大山君になれなれしくしないで! (1/2)

454 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/10(金) 02:01 ID:???
「なんでいきなり…」よみが私に聞いてくる。
 なんでってそりゃ…大山君が好きだからだけど…こんな所で言えないじゃん。
「なんと言えばよいか…使命感というか…」
 大山君が立候補者を募ったのよ?
「ほら誰も手をあげなくて教室がシーンとしてたらさ」
 大山君が困っちゃうじゃん。そこで手をあげれば、大山君を振り向かせるこ
とができるでしょ。
「チャンスだ! って思うでしょ!?」
「なんのチャンスだよ」よみのつっこみ。
 もう! 誘導尋問しないでよ!
「なによー。私が立候補したら悪いみたいにー」
「悪いだろう」再びよみのつっこみ。
 もー! うるさいなー! …あ…、妬いてるの…? そりゃ、私と大山君が
結婚とかしちゃったら、よみさびしいよね。でも、日本では同性の結婚は認め
られてないしさ、たまによみと密会したり同衾したりしても、不倫にはならん
わけよ。したがって、私とよみの関係はいつまででも続けられるのよ? なの
に焦っちゃって、よみちゃんその辺子供だねえー。まあいいわ、それはあとで
説明する。とりあえず黙ってて。
「じゃ、あんたやるの!?」脅しをかけてみる。
「…やだ…」怯えるよみ。かわいーなあ。
「他に立候補する人いるの!?」クラス全体を威圧。
 かおりんと千尋がこそこそ話してる。ふふん、
「委員長の資質あるよね」
「クラスをひっぱっていけそうよね」
とか話してるんだろう。任せておけ! さあ、私の鶴の一声で決定よ! ゆか
いちゃんなんかに邪魔させない。1学期はひょろメガネとかなんとか、不当な
暴言を大山君に浴びせていたけど、今度はそうはいかないからね。
「はいはい。それじゃあこうしましょう。
 ちよちゃんとともちゃんの決選投票にします」
邪魔すんなゆかりーーーー!

 投票結果。
 私3票。
 ちよすけ5、10、15…いっぱい。
 ちよすけ…美浜財閥の財力でもってクラスメイトを買収したな…?
 それでも私には3票。一票は私だけど…あ、大山君、私に投票してくれたの
ね!? きっとそう。でも、あとの一票はだれだろう…      (2/2)

455 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/10(金) 02:04 ID:???
2/3 よみの記憶

――その日の夜、水原宅

 とも…やけに必死だったな。あの時の大山を見る目、山口先輩を見る目と同
じだったよ…。とも、大山のことが好きなんだな…。
 それがわかったから、ともに一票入れてやったけど、ちよちゃんに惨敗だっ
たな。…でも、副委員長になったんだから、仕事とかについて前委員長の大山
に話しかけるチャンスはふえるだろう。がんばれよ、とも。

 あいつはああ見えて恋には臆病。

――思い出す。
 中学二年のときの卒業式の日の夜。
 ともが、しょげ返った顔でうちに来た。
「よみー」
「おう…どうだった、首尾は?」
「うー」
「…だめだったの?」
「なんか 校門の脇の茂みで 待ってたらね? 綺麗な女の人…ほら、3年3
組の…」
「小野寺さん?」
「そう… おのでらさんと いっしょでね? とっても仲よさそうで…第二ボ
タンくださいなんて、いえた雰囲気じゃなかったよ…」
「そうか」
 ともは私にすがりつき、すすり泣いた。
「なくなよ」頭をなでてやる。
「ちーん」
「私の服で鼻をかむな!」
「よみー」
「なんだよ」
「あたしって 魅力ないかな…」
「?」
「なんかさ、好きになってもね、告白とかできないし、だめなんだ、あたし」
「魅力とは関係ないだろ」 (1/3)

456 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/10(金) 02:05 ID:???
 ともは散々自分自身の悪いところをあげつらった。
「あたしってさ、うるさいし」
 そりゃそうだけど…うるさくないともなんか、ともじゃない。私は正直言っ
てとものそんなところを気に入っている。
「胸も小さいし」
 べつにそんなこと、いいじゃないか…
「頭も悪いし」
 …………
「ばかだし」
 …………
「低脳だし」
 …………
「だまってないで なんか いってよ…」
 ともと、目が合った。

 泣いている、とも。私にすがりついている、とも。
 いつも元気な、とも。くだらないことですぐにはしゃぎだす、とも。

 私は…………ともが、好きだ。
「よみ? どしたの?」
 そう自覚した私は、体の中からこみあげる衝動を抑えきれなかった。
「よみ?」
 ともが、好きだ。抱きたい。愛したい。ひとつになりたい。
「…よみ?」
 すまない、とも。
「……!」

 唇を重ねたまま、私はともをベッドに押し倒し…
 その後は夢中だった。

 気づくと、私は全裸でベッドに横たわっていた。
 ともの姿は、なかった。
 ただ、ともの残した甘い匂いだけがシーツに溶け込んでいた。
 …私は、ともを、犯したんだ…。 (2/3)

457 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/10(金) 02:07 ID:???
 その次の日、登校中にともに会った。ともは、私を軽蔑しているだろうな。
できるだけともの方向を向かないようにして、通り過ぎた。
「よみー」後ろからともの声。
「昨日はありがとう…慰めてくれたんだね」

――それ以後、私とともは、恋人になった。

 私は、今も、ともが好きだ。
 ともを、自分のものにしたい。
 でも、それはできないことなんだ。
 いつかは、はなればなれになる。
 陽気なともと一緒にいるときは、ついそのことを忘れてしまうが。
 いつかは、はなればなれになる。

 だから、今を大切にして生きている。
 いや…ともが私の傍からいなくなっても平気でいられるよう心を鍛えながら、
今を大切にして生きている。

 ともが幸せになること。

 私は、それだけを、願いたい。
 それだけを願えるようになりたい。 (3/3)

458 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/10(金) 02:08 ID:???
3/3 ふたつの心

 ひとり考え込んでいる暦の部屋の窓を叩く影があった。
「来たのか」
「うん」
 窓をがらりと開けて、智が入ってきた。
「話しておきたいことがあってさ」
「大山のことか」
「あ…知ってたの?」
「今日、気づいた」
「よみ、妬いてんでしょ。私と大山君がラヴラヴになっちゃったら、自分は捨
てられるとか思ってるでしょ。大丈夫だあよ。ほら、私が大山智になってもさ、
ほら、女同士なら不倫になんないじゃん」
「とも…」
「あ、だめ」
 智の胸をまさぐろうとする暦を押しとどめて智は言った。
「今日、生理で…あんまり暴れられないんだよね」
「そうか…そうだな…」
 暦は、自己嫌悪に陥りつつ、手を引いた。
(いじきたないことしちゃだめだ…。ともがいなくても我慢できるようになら
なきゃならない、…それが、とものためなんだ…)
「話はそれだけか」
 冷静さを取り戻しつつ暦は尋ねた。
「よみってさー、コンタクトしないの?」
「今のところそのつもりはないけど…なんで?」
 暦が答えたその時早くかの時遅く、智は暦のメガネを奪い取った。
「あ、なにすn
 智の唇が暦の唇を塞いだ。ふたつの舌が互いを求めて口内を這い回った。
ふたりの睫毛が擦れ合った。
「ん…んみょににょんんにぇ、んんんっにゃぇ」
(↑よみのまつげ、くすぐったい)
 唇がふさがっている上に舌を絡めているため、智がなにを言っているか暦に
は解らなかった。ただ、幸せだった。
 数秒後、ふたりの唇は離れた。
「キスする時に、邪魔だから!」
 メガネを暦に手渡しつつ、智は笑った。          (1/1)

459 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/10(金) 02:09 ID:???
おまけ

――翌日、1年3組の教室

「後藤、おまえ、ちよちゃんと瀧野、どっち派?」
「瀧野だよ」
「うははは! 何!? お前色モノ系!? ひょっとして昨日瀧野に投票した?」
「…悪いかよ」

524 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/02/07(金) 04:26 ID:NAneqXKk
1/3 電撃作戦

 春期講習最終日。正座占いでは、私の恋愛運は最高潮。
 決めた。今日こそ、大山君に責任の思いを告白するわ。

――昼休み、こっそりよみに耳打ちした。
「本日の放課後、電撃作戦を決行する」
「は?」
「本日の恋愛運は最高潮。ターゲットは大山将明」
「そうか、がんばれよ」
 二股をかけられる人間にしては意外なほどあっけない反応だ。
「いいのかぁ、本当にいいのかー? よみー」
「……好きにしろよ……」
 何やらご機嫌斜めだ。まあ、ほおっておくか。

――放課後。自分の席で雑誌を読むふりをしつつ、大山君が席を立つのを待つ。
大山君は、後藤に数学を教えてあげていた。
「ここでは、この公式を使うんだ」
「その公式は知ってる」
「ここで使うんだ」
 後藤が余計な屁理屈をこねるので、大山君の懇切丁寧な指導も功を奏さぬようだ。
「コカイン60度っていくつだっけ」
「1/2だ」
「ちゃうねん。そこはコカインやのうてコサインやー、とか…」
 後藤のつまんない冗談に、大山君も疲れ気味。全く、あいつ、教えてもらっ
てるって自覚あるのかね。そんな後藤にも根気よく教えてあげるんだから、大
山君は優しいわー。
「あれ、とも、帰んないのか?」 (1/3)

525 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/02/07(金) 04:26 ID:NAneqXKk
 ジャージ姿の神楽が、廊下から教室を覗き込んだ。私が生返事をすると、神
楽は、別にいいけどさと言って去った。今日もランニングか…。私にはよくわ
からないけど、部活に青春を賭けるってどういう心境なんだろう。なんだか、
最近の神楽はなんというか、何かに追い立てられているような感じで、妙に落
ち着きがないように思える……。
「僕はもう帰るぞ」「そうか、さらば友よ」
 ぼんやり考える私の意識は、大山君の声に呼び戻された。大山君が席を立ち
廊下に出る。後藤は後に残り勉強を続けている。私は、雑誌をカバンにしまう
と、急いで大山君の後を追った。

 昇降口を出たあたりで、追いついた。
「あの……大山君……ちょっと、いいかな……」
 声が上ずる。えい、勇気だ、勇気!
「瀧野さん…? どうしたの、気分でも悪いの?」大山君が振り向き言った。
 私の顔から火が出た。大山君とこんな至近距離で見つめあうなんて、初めて。
いや、ひょっとすると、私から大山君に声をかけたのもこれが初めてかもしれ
ない……。
「ちょっと、来て!」
 私は、体内の粒子のブラウン運動に弾かれるように一歩を踏み出し、大山君
の腕をとり、校舎裏に回った。

 校舎裏で私たちは向き合った。
 私は、無我夢中で、二年越しの想いを大山君にぶつけた。
 大山君は、きょとんとしている。
 万策尽きた私は、授業中に書いてお守り代わりに携えていたラブレターを大
山君に手渡した。 (2/3)

526 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/02/07(金) 04:27 ID:NAneqXKk
 ラブレターを読み終えた大山君は、怪訝そうな顔をして言った。
「え? ギャグ?」
 その後どんなやりとりがなされたかは覚えていない。
 ただ、彼は最後に言った。
「君は頭が悪く、騒がしいばかりで、自分勝手で…好きになれない」
 宣告を受けた死刑囚のように、私は固まった。唖然とする私の横を、大山君
は静かに歩み去った。一筋の風が私の頬をかすめた。
 数秒立ちつくした後、思い出したように振り向いた。
 大山君は、振り向かなかった。
 彼は静かに歩いた。その影がやがて校舎の裏に隠れ、見えなくなった。

 何が起きたかぐらい、私にも、わかる……。
 数日歩きつづけたような感覚に縛られながら、ふらふらと校舎に入った。
 ……少し、教室で、休もう……
 昇降口に後藤がいた。今帰るところのようだ。私の泣き顔を見とめると、後
藤は、ニヤリと笑った。まるで、嘲うかのように。
 ……な、なに!? いつも元気な私がしょげてるのが、そんなにおかしい!?
 頭に来た。後藤なんか嫌い。大嫌い。
 平手打ちし、すれ違い、走り去った。

 誰もいない教室の自分の席に座り込み、天板に全身でもたれかかった。
 外が暗くなるまで、そのままでいた。
 私は、みじめ。すごく、みじめ。 (3/3)

527 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/02/07(金) 04:27 ID:NAneqXKk
2/3 蕾に注ぐ雨

 ――電撃作戦…か…。
 昼休みのともの口上を思い出し、私は少し笑った。
 そうは言ってみても、いざとなると、あいつはきっと緊張して物も言えなく
なるだろう。
 ――うまくいってくれれば、それにこしたことはない。
 振られたともが私に甘えに来てくれることを心の底で望んでいる自分の浅ま
しい気持ちに喝を入れるかのごとく、強く思った。
 ともが幸せなら、それでいいんだ。私の幸せは、ともが幸せになること。そ
れ以外何も望まない。それ以上のことを望めば、私もともも不幸になる……
 窓が開いた。
 ともが顔を出した。体中から悲しみの波動が滲み出ている。
 抱きしめたい気持ちを抑えた。
 私に求められた役目…。悲しい心を柔らかに慰めてやること。それ以上のこ
とをしてはならない……。
 ともは無言で私にしがみついた。
 静かに頭を撫でてやる。
「……切って」
 ともが、呟いた。「……髪」
 あえて理由は訊かなかった。押入れからはさみを取り出した。
「変な風になるかもしれないぞ」
「切って」
 新聞紙を広げた上にともが座った。適当な大きさのボロ布を首の後ろで結び、
身体に垂らした。
「漫画に出てくる乞食みたいだな」
 私が言うと、ともはクスリと笑った。
 私が髪にはさみを入れる間、ともは少しも動かなかった。
 はさみを持つ指に力を入れるたび、ジャキと乾いた音がして、切られたとも
の髪がはらりとこぼれる。新聞紙の上に落ちていく髪の毛一本一本が、ともの
想いを代弁していた。 (1/1)

528 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/02/07(金) 04:27 ID:NAneqXKk
3/3 春に花が咲くように

 教室のドアをガラリと勢いよく開けて、瀧野さんが入ってきた。
「やーやー、みなさん、おはよーっ」
 いつものように、元気な声。髪を短く切った彼女には、新鮮な活気が感じら
れた。そう、言ってみれば、冬を越し、春に咲く花のように。
 自分の言葉が、彼女の気持ちを深く傷つけてしまうことにはならなかったよ
うで、ほっとした。

 君の未来には、僕と共にあることよりも大きな幸せが、きっとある。
 咲け。 (1/1)