- 486 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/14(火) 02:25
ID:???
- シュークリームに愛を込めて
――2001年春
学期の課程も終了し、ちよちゃんの家に集まって勉強するようになってから
一月が過ぎた。
仲間たちは皆卒業後の進路を決定した。
決まってないのは私だけだ。
私は私立の大学を二つ受けて二つとも落ちた。
ちょっと、ピンチだ。
経験のある方ならお分かりと思うが、自分にはもう後がないと思い出すと、
やたら一人でいることが恐ろしくなる。マイナスの考えが頭をもたげはじめ、
勉強どころではなくなってしまうのだ。
自分ひとりの精神力ではその不安を取り除けない私は、受験を控えているの
が自分だけになった今も、ちよちゃんの家に勉強道具を持ち込んですごす日々
を送っていた。
ともと大阪は、先日二人同じ大学に合格し、受験生としての仕事を終えたの
だが、私の勉強に付き合ってくれている。
「あのな……」
「ん、どうしたの、よみ?」
「退屈じゃ、ないか?」
さっきからこたつにあたってじっとしているともに、聞いてみた。
「あ? いや、そんなことないよ。なー大阪」
「あ、卒業旅行で」
ともが大阪に話を振るのと、雑誌を読んでいた大阪が話を切り出したのはほ
ぼ同時だった。
(しっ!! だめ!! そんな話はまだ)
ともが、大阪の話を押しとどめた。
……ともは、私に気を遣ってくれている。
そんなともの気持ちは凄く嬉しかったが、ちよちゃんや大阪のいる前で甘え
た態度を見せるのは恥ずかしかったため、怒鳴って誤魔化してみせた。(1/4)
- 487 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/14(火) 02:27
ID:???
- ――別の日。
今日も、ちよちゃんの家で勉強だ。
ともも、大阪も、傍にいる。
ともは雑誌を読んでいて、大阪は寝ているだけなのだが、なぜか、傍に仲間
がいるというだけで、切羽詰った気持ちは幾分和らぐのだ。
「卒業旅行でマジカルランドに行きましょう! よみさんとは行けなかったで
すからー」
私たちが飲み干したコーヒーのカップを台所に置きに行ったちよちゃんが、
部屋に戻ってこたつに入りながら言った。
「日程はよみの合格発表前で」
「よみちゃんも受かったらえーなぁ」
ともも、大阪も、いつもの調子で語り、私を励ましてくれる。
いつもと同じでいいんだ。リラックスしろよ。
3人と、3人を包む雰囲気と、この部屋。
それらの全てが、私にそう語りかけ、癒してくれるのだった。
「そろそろ、帰るかー」
日が沈んだ頃、ともが、立ち上がりながら言った。
「よみ、行こうぜー。ちよちゃん、また明日なー」
「ほな、またこたつー」
二人とともに立ち上がり、廊下に出た。向こうからマヤーが近づいてくる。
「おう、ピカニャー、元気しとったかー?」
大阪がマヤーを撫でている隙に、ともは廊下逆サイドをすり抜け、足早に立
ち去った。
(2/4)
- 488 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/14(火) 02:28
ID:???
- 大阪と別れ、ともとふたりで、家路をたどった。
「よみ」
「ん?」
「あんまり、根詰めすぎるなよ」
「うん、わかってる」
ともは、いつもは馬鹿な冗談ばかり言って周りを笑わせているが、ふたりきり
になると凄くやさしい。そんなともと一緒にいると、自然に、甘えたくなってし
まう。
「とも……私、だめかも」
「はぁ?」
「初詣でお賽銭500円入れたのに、連戦連敗でさ……。今年大学入るの、無理か
もなあ、って」
背を屈めて弱音を吐いた私の頭を、ともは優しく撫でてくれた。
「なに言ってんだ、次は必ず受かるよ」
「……でも」
「三度目の正直っていうだろー? それに、あんたは頭いいんだから!」
「うん……ありがとう」
「ちょっと、寄り道してくか!」
いつもの曲がり角を、ともは逆方向に曲がろうとした。
「え、なんで?」
「さっき、シュークリーム分が不足してるっていっただろー? このともちゃん
が、哀れなよみのために、ご馳走してやるよ!」
(3/4)
- 489 名前:名無しさんちゃうねん 投稿日:2003/01/14(火) 02:28
ID:???
- お菓子屋で買ったシュークリームの箱を間に置いて、公園のベンチに座った。
一個ずつ取り出して、ほおばる。
口の中にクリームの甘味が広がった。
「うまいなぁー、シュークリームー!」
隣で、ともが舌鼓を打っている。
この公園。
子供の頃から、ここは、ともとの遊び場だった。
ここの滑り台からふたり一緒に滑り降りて、ともに押しつぶされた。
ここの砂場で山をつくり、真ん中に棒を立ててふたりで交互に砂を掻いた。
ここの鉄棒で、ふたりで夕日が沈むまで逆上がりの特訓をした。
私とともは、いつもいっしょだった。
シュークリームを咀嚼する顎の力が、次第に弱まってくる。
離れたくない……
「どうした、よみ? あとはあんたが食えよ」
ともは、5個入りのシュークリームセットのうち2個だけを食べて、残りを
私に差し出しながら言った。
私は、思い余ってともの肩に頭を預けた。
「離れたくない……」
「…よみ? ど、どうした?」
ともは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、私の肩に
手を回した。ともの肩は、小さいけれど安定していて、私の頭を柔らかく受け
止めてくれた。
卒業しても、ずっと、一緒だ。
ともの静かな横顔は、私にそう語りかけていた。
(4/4)